始めに
志賀『范の犯罪』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
白樺派の理想主義とヒューマニズム
志賀直哉は白樺派の中心となった作家です。白樺派は、学習院の同人誌である白樺のグループの作家の名称で、傾向としては理想主義や人道主義を掲げて、そこから生田長江など自然主義の作家や評論家との論争がありました。
白樺派は有島武郎(『或る女』)、里見とん(『多情仏心』)の兄弟や武者小路実篤(『友情』)、長与善郎などの小説家の他にも詩人、歌人、画家もいて、作風の傾向もまちまちでした。とはいえこのグループではトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)、ニーチェなどは広く共有され、トルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)のヒューマニズムからは志賀も影響が顕著です。
漱石のプラグマティズム。内村鑑三のヒューマニズム。
また志賀直哉は夏目漱石や内村鑑三から顕著な影響を受けました。
漱石はプラグマティズムという潮流から影響が見えましたが、本作もそれと通底する生の哲学が垣間見えます。
また内村鑑三の理想主義や生の哲学からの影響も伺えます。
元ネタ
本作品は1918年1月16日刊行の『夜の光』に収録され、「創作余談」に創作背景があります。
支那人の奇術で、本作に書いたようなものがあるが、あれで一人が一人を殺した場合、過失か故意か分らなくなると考え、そんな折に近い従弟で、小説にあるやうな夫婦関係から自殺した男があり、二人が両立しない場合には自分が死ぬより女を殺す方がましだと考え、気持の上で負けて自殺した従弟を悔み、本作をものしたそうです。
物語世界
あらすじ
若い支那人の奇術師の范は、ナイフを投げる演芸中に妻の頸動脈を切断し、殺してしまいます。 ところがこの事件は大勢の視線の中心に行われたのに、故意か過失か、全く解らなくなります。
裁判官との対話の中で2年ほど前に生まれた赤子が自分の子ではなかったことによって妻と不和になったこと、そのために妻に憎しみを感じていたこと、事件の前晩には本統の生活に生きるために妻を殺してしまおうと考えていた事が分かります。
范は事件の晩にどうしても自分は無罪にならなければならぬと決心し、それが過失と思えるよう申し立ての下拵えをしてみるものの、前晩殺すということを考えただけで故殺とする理由になるだろうかと思うと、自分でも分からなくなり、落ち着かなくなります。
これらを范は正直に、快活な心持で話して室を出て行き、裁判官は何かしれぬ興奮を感じ、ペンを取り上げその場で「無罪」と書いたのでした。



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