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イプセン『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』解説あらすじ

イプセン
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始めに

 イプセン『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

イプセンの作家性

 イプセンの作品に流れる個の追求や社会的妥協への拒絶は、キルケゴール、ブランデスたちの影響が色濃いと言われています。初期の傑作『ブランド』は、キェルケゴール的な精神を体現した人物像と言われています。​ゲオルグ=ブランデスはデンマークの批評家で、文学が社会問題を議論に付すことを提唱しました。彼の講演に触発され、イプセンはロマン主義的な作風から、社会の虚偽を暴く写実主義へと大きく舵を切ることになります。


​ ​劇作家としての技法において、彼は伝統的な手法を学び、それを解体・再構築しました。​ヘルマン=ヘットナー『18世紀の現代ドラマ』は、イプセンが歴史劇から現代劇へ移行する際の理論的支柱となりました。内面的な心理の葛藤をどう描くかという視点を与えたと言われています。


​ 若き日のイプセンはシェイクスピアの史劇に深く傾倒していました。性格描写の深みや、詩的な台詞回しは、初期の韻文劇にその名残が見られます。


 ​ウジェーヌ=スクリーブの当時流行していたフランスの「よく練られた劇(Well-made play)」の構成術を学びました。イプセンは後にこの形式を批判しつつも、その精緻な伏線回収や構成のテクニックを吸収しリアリズム演劇へと昇華させました。


​ ビョルンスティエルネ=ビョルンソンはノルウェーの国民的作家であり、友人でありライバルです。二人は互いに刺激し合いながら、ノルウェー文学をヨーロッパの第一線へと押し上げました。

ボルクマンの生

 ​ボルクマンはかつて銀行頭取として大きな野望を抱いていましたが、地位と引き換えに愛する女性エラを別の男に譲り渡しました。彼が破滅したのは横領のせいではなく、自分の野望のために愛を犠牲にしたことこそが真の罪であると、エラによって断罪されます。​イプセンはここで、利己な成功と、人間的な幸福の絶対的な対立を描いています。


​ ​物語全体を支配しているのは、冬の夜の寒さと氷です。ボルクマン、妻のグンヒルド、そしてエラの3人は、同じ屋根の下にいながら8年もの間、断絶した状態で暮らしています。彼は自分の鋼鉄の意志を誇りますが、それは同時に他人を温めることのない冷徹な金属のような心でもあります。最期に彼を襲う氷の手(心臓発作)は、彼の人生そのものの象徴です。


​ ​ボルクマンとグンヒルドは、自分たちの失墜した名誉を回復させる役割を、息子エルハルトに押し付けようとします。 親たちは過去の清算を求めますが、息子は今この瞬間の幸福を求めて、年上の女性と一緒に家を飛び出します。​若い世代が、親たちの執念深い死の影から逃れて自由を求める姿が描かれます。


​ ​ボルクマンは、自分を社会を豊かにするために選ばれた天才、ナポレオンのような存在だと信じて疑いません。​彼は自分が犯した罪を大義のための小さな犠牲として正当化し続けます。この自己欺瞞と、現実の惨めな隠遁生活とのギャップが、物語に深い悲劇性をもたらしています。

物語世界

あらすじ

 ​物語の舞台は、かつて銀行頭取として栄華を極めたボルクマンの屋敷。彼は銀行の金を横領した罪で投獄され、出所後の8年間、屋敷の2階で誰とも会わずに引きこもっています。


​ ​1階では、ボルクマンの妻グンヒルドが、夫の失脚によって汚された家名を息子エルハルトに再興させることだけを糧に生きています。​そこへ、彼女の双子の姉であり、かつてボルクマンの恋人だったエラが訪ねてきます。エラは、獄中のボルクマンに代わってエルハルトを育てた恩人ですが、不治の病に侵されており、死ぬ前にエルハルトを自分の養子にして自分の姓を継がせたいと願い出ます。ここから、息子を奪い合う姉妹の激しい対立が始まります。


​ ​2階では、ボルクマンが自分は社会を救うために選ばれた天才だという妄想に浸りながら、いつか再起の依頼が来るのを待ち続けています。そこへエラが現れ、かつてボルクマンが地位のために自分を裏切り、別の男に譲り渡した過去を激しく糾弾します。彼女は、彼が犯した真の罪は横領ではなく、愛する女の魂を殺したことだと告げます。


​ ​ボルクマン、グンヒルド、エラの3人は、それぞれの思惑を息子エルハルトに押し付けようとします。​しかし、エルハルトは親たちの過去の呪縛にうんざりしていました。彼は、年上の未亡人ファニー=ウィルトン夫人と共に、今この瞬間の幸福を求めて家を飛び出します。親たちが必死に築き上げようとした使命という幻想は、若者の現実的な欲望によってあっけなく崩れ去ります。


 ​絶望したボルクマンは、吹雪の中に飛び出します。エラがそれを追い、二人は思い出の丘へと登ります。​ボルクマンは雪に覆われた景色を眺めながら、かつて自分が支配しようとした鉱山や工場の幻影を指差し、己の野望を叫びます。しかし、その極限の寒さの中で、彼は氷の手(心臓発作)に心臓を掴まれ、息絶えます。


 ​ボルクマンの死体の前で、妻のグンヒルドと姉のエラが再会します。​かつて一人の男を愛し、憎み合った二人の女性は、すべてを失った後にようやく、冷たい死を媒介にして和解するのでした。

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