始めに
芥川龍之介『河童』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
アナトール=フランス、森鴎外流のヒューマニズムとリリシズム
芥川龍之介はアナトール=フランスからの影響が顕著で、そこから合理主義的科学的ヒューマニズムを展開していきました。『地獄変』に描かれるテーマを芥川自身の芸術至上主義を体現するものではないと、以前そちらの記事に書きましたが、芥川龍之介は倫理やモラルを重視するヒューマニストです。
本作に出てくる『阿呆の言葉』は自作の『侏儒の言葉』や『或阿呆の一生』のパロディですが、『侏儒の言葉』はフランス『エピクロスの園』のパロディです。
またロマン主義的なリリカルな意匠は手本とした森鴎外からの影響が顕著です。
オスカー=ワイルド、ショーのシニズム
また芥川龍之介ら新思潮派の作家は、ショー(『ピグマリオン』)やワイルド(『サロメ』『ウィンダミア卿夫人の扇』)といった英国の演劇から顕著な影響を受けています。
本作もショーやワイルドを思わせる、シニカルな文明批評の眼差しが特徴です。
スウィフト『ガリヴァー旅行記』、バトラー『エレホン』的冒険譚
本作はスウィフト『ガリヴァー旅行記』のような異世界旅行記になっていて、異世界のグロテスクな描写を通じて、文明批評をするコンセプトが共通しています。 一見不合理で人権軽視の河童の社会の描写を通じて、それと何ら変わりのない偽善に満ちた現実の社会を批判します。
本作はまた、サミュエル=バトラー『エレホン』の影響が知られます。この作品は『ガリヴァー旅行記』に比べて馴染みがないですが、同種のコンセプトで異世界を描きつつ、当時の英国の自由主義、優生思想、階級制を風刺しました。本作にも見える遺伝を巡る描写はこれに由来しています。
語りの構造
本作は枠物語構造になっていて、最初に等質物語世界の語り手「僕」が現れ、彼が或精神病院の患者第二十三号の話を文書としてまとめたものが展開されていき、そこで語り手はこの第二十三号に移ります。
第二十三号は精神に変調をきたしており、語る内容は真実ではないかもしれず、全部妄想ともとれまますが、河童の国へ行ったときのことを語ります。
河童の世界は非情で不条理にも見えますが、一応の筋は通っていて、偽善に満ちた現実よりも語り手にとっては清潔と見えています。
物語世界
あらすじ
物語は、ある精神病患者の第二十三号が語ります。
3年前のある日、彼は穂高山に登山をします。途中で河童に出会い、追いかけているうちに河童の国に迷い込みます。そこでは、雌の河童が雄を追いかけ、出産時には事前に河童の生活について知らされ、胎児に産まれたいかどうかを問い、胎児が生まれたくないと答えれば即時に中絶が合法的になされます。また悪遺伝を撲滅するため、健全な河童に対して不健全な河童と結婚することが奨励されています。
資本主義者のゲエルは新機械の発明で職工が次々解雇されるものの、罷業や社会問題が起きない理由として『職工屠殺法』を挙げ、安楽死させられた河童の肉を食用にしているそうです。また語り手に、あなたの母国でも第4階級(最貧層)の女性が売春をさせられているのだから、食用を厭うのは感傷主義と糾弾します。
哲学者のマッグは『阿呆の言葉』という警句的著作をあらわしています。
後に詩人のトックは自殺を果たすものの、死後に交霊術により現れ、様々な質問に答え、自分の死後の名声を気にかけます。中でもクライストやマインレンデル、ワイニンゲルのような自殺者を友人として称賛するものの、自殺はしていないがそれを擁護したモンテーニュは評価するものの、厭世主義者のショーペンハウアーとは交友しないといいます。
もとの世界に戻った主人公は、河童を人間より清潔な存在と懐かしみ、対人恐怖が一層増します。
参考文献
・進藤純孝『伝記 芥川龍之介』




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