始めに
村田沙耶香『殺人出産』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
シュルレアリスムの系譜(大江健三郎、吉村萬壱)、新即物主義(ジュール=ルナール)、表現主義の系譜(本谷有希子)
村田沙耶香はエッセイでもシュルレアリスムの系譜を継ぐ作家(大江『僕が本当に若かった頃』、吉村萬壱)、新即物主義の作家ジュール=ルナール(『にんじん』)、表現主義の系譜の作家(本谷有希子『嵐のピクニック』)への好意的な言及が見え、そこからの影響が伺えます。
ブルトンにおけるシュルレアリスムはアウトサイダーアートであって、現実の犯罪者へ着目するなど、ブルジョワ社会の規範、モラル、法に対するアンチテーゼとして犯罪を捉える視点がありました。
本作も、グロテスクなシチュエーションを設定することで、世間のモラルを相対化して描きます。
設定
ウエルベックの『素粒子』やアトウッド『侍女の物語』のような、ジェンダーSFになっています。
また、藤子・F・不二雄「気楽に殺ろうよ」とかなり類似の設定です。
100年ほど未来の日本。産み人となれば10人の出産後、誰でも1人殺してよいというルールになっています。避妊技術が進んで少子化が加速し、子どもは避妊具を外して人工授精でつくられるもの、セックスは快楽のためだけのものとなり、偶発的な出産はなくなりました。そのため、恋愛や結婚とは別に命を生み出すシステムが必要とされます。
殺される人は死に人といい、産み人が指名することができます。
語りの構造
語り手は等質物語世界の語り手の育子です。
彼女の姉の環は、殺人衝動があって産み人になっています。育子の視点から、この世界や環の姿が描かれていきます。
ある種の信頼できない語り手であり、最後も成長するというよりは、環境に適応してしまいます。
モラルの狂気と帰結主義の暴力性
全体的にテーマになるのは、「気楽に殺ろうよ」でも描かれるような道徳の相対性と帰結主義の暴走です。
作中に描かれる制度や道徳は直観的に間違っていると感じられますが、環はむしろ自分の暴力性を肯定するこの世界を称賛します。結局、育子もそれに巻き込まれて、殺人を肯定するに至ります。
このように、道徳共同体のモラルの硬直化、一貫性の欠如ががもたらす、そのなかでの直感の不確かさや集団狂気を作品のなかで描いています。そこでは、我々が直観的に誤っていると思われるような道徳的判断が、直感的に正当化されてしまいます。
また、多産によって殺人が肯定されるという、素朴な帰結主義の狂気と暴走もテーマになっています。
物語世界
あらすじ
100年ほど未来の日本。産み人となれば10人の出産後、誰でも1人殺してよいというルールになっています。
避妊技術が進んで少子化が加速し、子どもは避妊具を外して人工授精でつくられるもの、セックスは快楽のためだけのものとなり、偶発的な出産はなくなりました。そのため、恋愛や結婚とは別に命を生み出すシステムが必要とされます。
この世界では産み人とならずにただ殺人を犯してしまうと処罰されます。処刑は産刑というもので、刑務所で一生子どもを産まされ続ける刑で、男性の場合も人工子宮をつけられ、同様の刑になります。
主人公育子の同僚が産み人となることを選択して退職し、引継ぎで佐藤早紀子が入社します。育子は彼女をランチに誘ったり名前で呼び合ったりして親しくなります。
しかし、ある日早紀子から姉の環のことを聞かれて育子は戸惑います。環が産み人であることを隠していたからです。実は早紀子はルドベキア会の会員で、出産で殺人が認められるシステムを撤廃させようと活動しており、環のことを知って育子に近付いていました。
その後、従妹のミサキが夏休みの間東京に来て、育子が預かります。
姉の環には殺人衝動がありました。育子は母から生まれた実の子でしたが、環は産み人から産まれ、引き取られた子でした。環にあった自傷癖を止めたい育子は、環のために虫をとってきて、環はそれを殺すようになりました。しかし、ある時それがクラスメイトに発覚して二人はいじめられ、転校します。
夏になって同僚のチカちゃんの訃報があり、チカちゃんが死に人だったと判明します。死に人とは、10人目の出産を終えた産み人に殺される人のです。産み人が役所に殺人届を提出すると、死に人にも通知があり、死に人には1ヶ月の猶予があるので、殺されたくない人は自殺を選択します。1ヶ月が経過すると、死に人は全身に麻酔をかけられて産み人と二人きりにされ、半日ほどは産み人の自由です。
チカちゃんを指名した産み人は、父親の元婚約者でした。浮気していた父親は子供ができたときチカちゃんの母親と結婚したため、そのせいでチカちゃんは件の元婚約者から恨まれていました。
ミサキは夏休みの自由研究を産み人にすることに決め、葬儀場に連れていくようにねだり、連れていきます。
育子も人を殺したいと思うことがありました。高校の教師にセクハラをされて拒んだところ、嫌がらせをされるようになり、自殺を考えますが、殺したいとも思いました。姉もこうして産み人になったのだろうかと考えながらそのまま卒業したのでした。産み人を決意するほどの殺意とはなんだろうと育子は思い、姉が死に人として指名するのは母か育子かもしれないとと思います。
育子は早紀子に頼まれ、環の元に早紀子を連れて行くことにします。ミサキにも連れて行ってくれと頼まれて、3人は環の病院に向かいます。
環と対面した早紀子は、環を救いたいしこの世界を変えたいと言います。環は世界の犠牲者だから、生の声を聞かせて世界を変えたいと言います。
しかし、環は意味が分からないと伝えます。昔から自分の中にある殺人衝動は忌むべきものだったものの、それを今の世界は肯定してくれていて、この殺意が世界に命を生み出すのだから、本当に幸福に思っていると説明します。感銘を受けた様子のミサキにもあなたも産み人になれる、と語りかけます。
早紀子は結局病院を出て行ってしまいます。
10人目の出産を終えた環は、死に人として早紀子を指名します。
早紀子は逃げ出そうとしますが、指名された時点で監視の目がついているので空港で捕まり、麻酔をかけられます。
環も出産後体が弱って車椅子に乗った状態だったので、育子は付き添いとして窓のない部屋まで一緒に入ります。
環に誘われて二人で早紀子の体にナイフを刺します。
育子はこの殺人に感動し、正しいことだと感じます。
そのうち胎児が出て来て、環は早紀子が妊娠していたことに気付きます。育子はその時に、この赤ちゃんの命を奪った分として、自分も産み人になることを決意するのでした。




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