始めに
坂口安吾『桜の森の満開の下』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義と象徴主義
坂口安吾は、「風博士」を牧野信一に褒められ、島崎藤村と宇野浩二などにも認められ、作家として知られるようになりました。
その作家性は広くロマン主義、古典主義、象徴主義から影響を受けていて、作家単位では谷崎潤一郎、芥川龍之介、石川啄木、島崎藤村、北原白秋、佐藤春夫、正宗白鳥、葛西善蔵、有島武郎、宇野浩二、牧野信一、バルザック、チェーホフ、ポー、ボードレール、モリエール、ヴォルテール、ボーマルシェ、スタンダール、メリメなどを好み影響されています。
本作も谷崎『痴人の愛』や彼が私淑したワイルド『サロメ』、またメリメ『カルメン』を彷彿とさせるファム・ファタルを描く内容です。
また、盗賊が旅人を襲い、そこにいた女を自分のものにしようとするなかで、女とメロドラマが展開されるプロットは芥川「藪の中」と重なります。
語りの構造
本作は谷崎『痴人の愛』や芥川「蜘蛛の糸」を思わせる、口語的な語り口が印象的で、クラシックなスタイルの説話、口伝、志怪小説、伝奇小説、白話小説、中国文学としての狭義の説話、日本で使われる広義の伝奇全般などを参照して書かれている印象です。
また、谷崎の好んだ鏡花をも思わせます。
敬語によって綴られるグランギニョルな世界が印象的です。
ファム・ファタール
本作はワイルド『サロメ』やメリメ『カルメン』的なファム・ファタールを描きます。
ワイルド『サロメ』はヨハネに片恋し、そのために彼の首を求めるサロメの物語を描きましたが、本作もヒロインの女は盗賊にとらえられながらも彼を操り、人間の首を集めさせて、おもちゃのようにして戯れます。
桜とデカダンス
桜の刹那的な美が、本作ではデカダンスと結びつけられていて、梶井「桜の樹の下には」などを連想するほか、チェホフ『桜の園』の影響を感じさせます。
本作では、主人公の山賊はこの山と谷のすべてを自分の物と思っていたものの、桜の森だけは恐れ、桜が満開のときに下を通れば、気が狂うと信じていました。実際そのとおりになり、浮かれ気分でそこを通ったところ、背負っていた女が鬼に見えてしまって絞殺してしまいます。
気がついた時には、女は死んでいて、やがて桜の花びらになり、盗賊自身も花びらになり、あとには桜の花弁だけが残ります。
物語世界
あらすじ
昔、鈴鹿峠に山賊が棲み着いていました。旅人の身ぐるみを剥がし、連れの女は気に入れば自分の女房にしていました。山賊はこの山と谷のすべてを自分の物と思っていたものの、桜の森だけは恐れ、桜が満開のときに下を通れば、気が狂うと信じました。
ある春の日、山賊は都からの旅人を襲って殺し、連れの美女を女房にします。亭主を殺された女は、山賊を怖れず指図をします。女は山賊に、家に住まわせていた七人の女房を次々に殺さます。足の不自由な女房だけは女中代わりとして生かしておきます。わがままな女は都を恋しがり、山賊は女と山を出て都に移ります。
都で女がしたことは、山賊が狩った生首をならべる「首遊び」でした。その目をえぐったりする残酷な女は次々と新しい首を持ってこさせるものの、山賊もこれには嫌気がさします。山賊は都暮らしに馴染めず、山に帰ろうとします。女も執着していた首をあきらめ、山賊と一緒に戻ろうとします。出発のとき、女はビッコの女に向って、じき帰ってくるから待っているようにいいます。
山賊は女を背負い山に戻ると、桜の森は満開です。山賊は山に戻れたことを喜び、忌避していた桜の森を通ってしまいます。風の吹く中、桜の下をゆく山賊が振り返ると、女は醜い鬼になっています。全身が紫色の顔の老婆の鬼は山賊の首を絞めてくるので、山賊は必死で鬼を振り払い、鬼の首を締めます。
我にかえると、元の通りの女が桜の花びらにまみれて死んでいます。山賊は桜吹雪の中、声を上げて泣きます。山賊が死んだ女に触れようとするものの、女はただの花びらだけになっていました。そして花びらを掻き分ける山賊自身の手も身体も、もはや消えていました。
あとに花びらと、冷めたい虚空がありました。
参考文献
・杉森久英『小説 坂口安吾』




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