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ジョイス『ユリシーズ』解説あらすじ

ジェイムズ=ジョイス
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はじめに

ジョイス『ユリシーズ』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

新古典主義、神話的象徴の手法

 モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 本作品では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』と対応関係を持っています。テレマコスの象徴となる青年スティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルーム、ペネロペイアの象徴としての妻モリーのほか、さまざまな象徴が展開されます。

異質物語世界の語り手、複数の焦点化。一部等質物語世界の語り手

 本作品はウルフ『ダロウェイ夫人』、ラウリー『火山の下で』と語りの構造としては近く、異質物語世界の語り手が複数の人物に焦点化をはかります。意識の流れの手法を駆使しつつ、豊かな語り口でもって作品が綴られています。

 また12、18話など、等質物語世界の語り手によるパートもあります。18話はモリーの独白で、句読点のない文章になっていて、谷崎『春琴抄』を思わせます。

 このように混線した非線形の語り口が特徴です。

本作の時間

 本作に描かれる時間的期間は、ウルフ『ダロウェイ夫人』のように一日の間のことであって、ガルシア=マルケス『百年の孤独』と比べるとずっと短いものの、意識の流れの手法によって、その中で時間が過去から未来、現在へと縦横に変遷していくのが特徴です。

一人称的視点のリアリズム、意識の流れ。プラグマティズム、現象学

 モダニズム文学に典型的な手法が意識の流れです。意識の流れという手法は、現象学や心理学を背景に、一人称的視点への構造的理解と再現を図ろうとするものです。

 ジョイス『ユリシーズ』、フォークナー『響きと怒り』、ウルフ『ダロウェイ夫人』などに見える意識の流れの手法は、現象学(フッサール、ベルクソン)、精神分析などの心理学、社会心理学、プラグマティズム的な知見を元に一人称視点のリアリズムをラディカルに押し進めたものでした。

 プルースト(『失われた時を求めて』)もベルクソンの現象学の影響で、ジョイスもデュジャルダンの『月桂樹は切られた』などの影響で、それぞれ独自の意識の流れの手法について開発し、現象的経験の時間的に連続した経過の再現を試みています。

意識の流れとは

 意識の流れというデザインで描く人間の意識の特性というのは、時間軸の中での全体論的特性です。

 例えば、人間は一人口笛を吹いている自分を発見したとき、その曲がその日目にしたドラマや映画、CMを聴いたことに由来したりするものだったりします。また、人間はコミュニケーションにおいて、相手の現在の振る舞いを観察しながら、過去の振る舞いと示し合わせてそれを解釈し、未来に相手や自分が取りうる、取るべき行動を予測し、現在の行動にフィードバックします。

 このように人間の意識的経験やそれにドライブされる行動は、時間軸の中で全体性を持っています。主観的な時間の中で過去と現在と未来とは、相互に干渉し合って全体を形作っていきます。

 過去の経験や知覚が因果になり、さながら一連の流れとも見えるように、意識的経験は展開されます。こうした主観的時間の時間論的全体性を描くのが意識の流れの手法です。

パロディ、認知言語学、記号学的な視点

 本作は全18話において各々パロディという形でさまざまなジャンル、作家のスタイルが導入されています。この語りの構造は『フィネガンズ・ウェイク』でさらにラディカルに展開されていきます。またこうした要素は村上春樹作品(『風の歌を聴け』)、ピンチョン作品(『重力の虹』)、クノー(『文体練習』)、伊藤整、ナボコフ(『ロリータ』)に継承されていきます。

 このようなさまざまな作家、ジャンルのパロディを展開することで、現実世界における言語的多様性を抱えつつ営まれる実践の再現を試みているとも解釈できます。トウェイン『ハックルベリ=フィンの冒険』の如く、方言などの多様なスタイルでもって綴られる作品世界は現実世界の再現として捉えられます。

 また認知言語学、記号学的な発想を汲み取ることができ、つまるところ各々の言語、作家のスタイル、ジャンルというのは積み上げられた歴史の集積物で、歴史的蓄積の中で構築された各々の言語の(メタファー、レトリックなどに見える)全体論的デザインや歴史的実践の中での変遷に着目するのがソシュール以降の記号学や認知言語学と言えますが、ジョイスやそれ以降のモダニストの他言語、ジャンル、作家パロディの実践はその歴史性へのコミットメントでありその中での合理性や機知の発現と評価できます。

寝取られ男=コキュの物語

 寝取られ男=コキュのモチーフは英仏古典主義演劇に典型的なモチーフで、不適切な男としての、夫としてのコミュニケーションが風刺的に描かれる事が多かったのでした。

 本作における主人公格の一人であるレオポルド=ブルームも、コキュとして設定されています。オデュッセウスの神話では、オデュッセウスがトロイア戦争終結後に行方不明になると、妻ペーネロペーの美しさにひかれた108人の求婚者たちが押しかけ、ペネロペはこれを躱します。ジョイスは夫オデッセウスが不在の間に妻ペネロペが言い寄られるというところから本作において、オデュッセウスをコキュ(寝取られ亭主)として描きました。

 ジョイスがいちばん影響を受けたのはイプセン(『民衆の敵』『人形の家』)という劇作家で、創作において演劇的なバックグラウンドが濃厚なのでした。

『ハムレット』のパロディ

 本作における主人公の一人であるスティーブンはテレマコスに加えて、『ハムレット』のパロディとしてその物語が展開されています。

 スティーブンはジョイス自身がモデルで自伝的な『若き芸術家の肖像』の主人公です。ジョイス自身も父との関係に悩み、それゆえ『ハムレット』、父の亡霊に悩むハムレットを象徴として、スティーブンの物語が展開されます。

 『若き芸術家の肖像』では、神話のダイダロスとイカロスの父子に仮託して、自身の美的野心と信仰との間での葛藤、故郷への愛憎入り混じった感情が描かれましたが、本作ではそこから精神的な父を求めて苦悩するスティーブンの姿が描かれます。

三人の主人公

 オデッセウスにあたる寝取られ男ブルーム、テレマコスにあたるスティーブン、ペネロペイアにあたるモリーの三人が主人公です。

 神話では勇猛なオデッセウスですが、本作では孤独な寝盗られ男としてレオポルドを描いています。神話では父オデッセウスを求めて彷徨うテレマコスですが、本作ではスティーヴンは、精神的な父親役を求める青年として描かれています。神話では貞操を守り抜くペネロペイアですが、モリーはふしだらな妻として描かれています。またレオポルドとモリーは夫婦ですが、スティーヴンとは血のつながりはありません。

 このように神話パロディとしてのデザインが特徴です。

物語世界

登場人物

  • レオポルド=ブルーム:冴えない中年の広告取り。オデュッセウスの象徴。妻のモリーの不貞に悩んでいます。
  • モリー:レオポルドの妻。ボイランと不倫している。ペネロペイアに相当します。
  • スティーブン=ディーダラス:自伝的な『若き芸術家の肖像』の主人公です。テレマコスに相当します。

あらすじ

第一話

 午前8時。ダブリン南東にあるサンディコーヴ海岸のマーテロー塔。

 ここで医学生バック=マリガンが、同居人の作家志望の青年スティーブン=ディーダラスを階上へと呼びます。マリガンに対して、彼がスティーブンの母の死に関して言った心無い言葉と、マリガンが招いているイギリス人学生のヘインズに対する不信感のために不和を生じています。3人は朝食をとり、食事中にやってきた老婆からミルクを買い、その後三人で外へ出ます。

第二話

 午前10時。スティーブンは、塔の近くの私学校で学生に歴史を教えています。授業後、学生の一人サージャントに数学の算術を教え、その母親のことを考えます。その後、校長のディージーに給料をもらい、彼に歴史談義を聞かされ、口蹄疫に関する論文の投書のために新聞への口利きを頼まれます。別れ際に校長は、ユダヤに対する侮蔑的な見解を述べます。

第三話


 学校を出たスティーブンは、ダブリン市内のサンディマウント海岸にきます。彼は、哲学や文学、家族、パリでの生活、母の死に思いを巡らせるなどします。意識の流れで綴られます。

第四話

 時刻は再び午前8時。舞台はダブリン市内エクルズ通りのレオポルド=ブルーム宅。ブルームは、中年のユダヤ人で『フリーマンズ=ジャーナル』の広告取りです。ブルームは、娘からの手紙を読みつつ、妻モリーとは別に朝食を取ります。ブルームは、妻がボイランと浮気をするつもりだと考え、苦悩します。

第五話

 ブルームは、密かに文通している女性マーシャ・クリフォードから、自分の変名「ヘンリー・フラワー」宛ての手紙を受け取ります。その後、カトリック教会でミサを聞いた後、スウィニー薬局で妻の香水の調合を頼み、レモンの香りの石鹸を買います。

 店を出て、知人のバンダム・ライアンズに新聞を見せ、彼の競馬予想のヒントになることを言います。それから、浴場に向かいます。

第六話

 ブルームは会葬馬車に乗り込み、グラスネヴィン墓地に向かいます。馬車にはスティーブンの父サイモン・ディーダラスがいます。ブルームは、馬車が彼の息子スティーブンとすれ違ったことを彼に告げ、生後すぐに死んだ自分の息子ルーディを考えます。

 馬車は墓地に到着します。ブルームの想念は、しばらく死者を巡って展開し、生命を受け入れます。

第七話

 ブルームは、『フリーマンズ・ジャーナル』のオフィスで、酒屋キーズの広告デザインのことで印刷工の監督と相談し、それから競売所へ向かいます。

 同新聞社に来ていたスティーブンは、その場にいた弁護士オモロイ、マクヒュー教授、編集長クロフォードらを酒場へ誘います。

 スティーブンは、酒場への行く途中、一同に二人の老婆の寓話を披露します。

 この挿話は、小見出しを持つ断章形式で新聞記事風です。

第八話

 ディヴィ・バーンのパブでブルームは、昼食のサンドウィッチを食べます。
 ブルームは、国立図書館に向かいます。通りのサンドイッチマンを見て、ミリーが小さかった頃の幸福な生活を思い出します。やがて昔の恋人ミセス・ブリーンに会って立ち話になります。

 その後、ブルームは、昼食にバートン食堂に入りかけるものの、客たちの下品なのに嫌気がさし、代わりにディヴィ・バーンのパブで赤ワインとゴルゴンゾーラ・チーズのサンドウィッチを食べます。図書館に向かうと、門前でボイランを見かけて取り乱し、隣の博物館に駆け込みます。

第九話

 アイルランド国立図書館にて、スティーブンは年長の文学者たちにシェイクスピアの『ハムレット』論を披露します。そのハムレット論は、シェイクスピアの妻アンに対する性的劣等感やアンの不倫を踏まえると、シェイクスピアは亡霊ハムレット王に心情を投影しているというものです。途中からマリガンが加わり、批評を加えます。

 図書館を後にするときに二人はブルームの姿を目にします。

第十話

 ダブリンを行き交う多様が19の断章によって描かれます。

第十一話

 場所はオーモンド・ホテルのバー。二人の女給(ミス・ドゥースとミス・ケネディ)が噂話をしていると、サイモン・ディーダラスがやってきます。

 ブルームは、ボイランの姿を見かけ、後をつけて同じホテルに入ります。ボイランがバーで酒を飲む傍ら、ブルームは友人グールディングと傍の食堂でレバーとベーコンのフライを食べます。ボイランはモリーの待つブルーム宅に向かい、ブルームはサイモンたちの歌を聴きつつ、マーサへの返事をものし、ボイランとモリーの不貞に悩みます。

 店を出たブルームは川沿いに歩き、ウィンドウにある愛国者ロバート・エメットの最後の言葉を思い出しつつおならします。

第十二話

 バーニー・キアナンの酒場。男たちが、「市民」と呼ばれるナショナリストを囲んで酒を飲んでいます。そこにカニンガムらと待ち合わせをしていたブルームが入って来ます。「市民」はブルームと口論になります。

 ブルームは馬車に乗り、君たちの神はユダヤ人だった、と言い捨てて「市民」からビスケットの缶をぶつけられます。

 この挿話は酒場にいる取立て屋によって語られます。

第十三話

 サンディマウント海岸で、3人の若い娘が子遊んでいます。前半はこの中のガーティ・マクダウェルの語りにより、彼女は遠くから中年の男が自分を見ているのに気が付きます。これがブルームで、彼女はスカートの裾を捲りブルームを挑発し、ブルームはそれを見て自慰をします。

 彼女が去っていくとき、ブルームは彼女の足の障害に気が付き、ブルームの独白に切り替わります。ブルームはやがて産科にマイナ・ピュアフォイを見舞いに行くことに決めます。

第十四話

 ブルームは、産婦人科病院にピュアフォイを見舞い、医師ディクソンに誘われて、医学生の宴会に加わります。そこにスティーブンがおり、バック・マリガンも加わります。

 ピュアフォイが男児を出産すると、一同はバーク酒場へ移動します。

 この挿話は、次々と文体が変わっていきます。

第十五話

 スティーブンと仲間のリンチは、娼家街にいきます。ブルームもついていき、ベラ・コーエンの娼家で彼らを見つけます。

 スティーブンは、死んだ母親の幻覚に苦しみ、路上でイギリス王への軽口を咎めたイギリス兵に殴られます。ブルームがスティーブンを介抱すると、死んだ息子ルーディの幻覚を見ます。

 全編がト書き付きの戯曲形式で書かれています。

第十六話

 ブルームは、スティーブンを休ませるため、「御者溜まり」という喫茶店に連れていきます。

 ブルームは、コーヒーと甘パンを注文するものの、スティーブンは食べられません。

第十七話

 ブルームは、スティーブンを連れて自宅に帰りますが、鍵を忘れていたので台所から入ります。ブルームは、スティーブンに泊まるように言うものの、スティーブンは断り、二人は別れます。ブルームは、妻モリーのいるベッドに入り、性行為の痕跡を見つけて嫉妬と諦めを感じます。

 この挿話は、教義問答形式で書かれています。

第十八話

 モリーの独白で、句読点のない文章です。

 最初は、ボイランとの行為を満足に振り返るものの、彼の粗野に気付き、ブルームの優しさを再確認していきます。16年前にブルームからプロポーズされたときの回想と、それに伴って現れるYesという言葉で終わります。

参考文献

・リチャード=エルマン 宮田恭子『ジェイムズ=ジョイス伝』(みすず書房.1996)

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