始めに
ラウリ―『火山の下』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
新古典主義、神話的象徴の手法
モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。
例えば『ユリシーズ』では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』と対応関係を持っています。テレマコスの象徴となる青年スティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルーム、ペネロペイアの象徴としての妻モリーのほか、さまざまな象徴が展開されます。
本作もそんな『ユリシーズ』の影響が顕著で、様々な象徴的モチーフを設定しています。クリストファー=マーロウの『フォースタス博士』、ゲーテ『ファウスト』、ボードレール『悪の華』、シェイクスピア悲劇、ダンテ『神曲』など、多くの作品が象徴として作品のテーマを伝えます。特にファウスト神話は作品の中心的モチーフです。
三角関係
『ユリシーズ』でも夫婦と妻の不倫相手の三角関係が中心的プロットになっていましたが、本作も夫婦の三角関係を描きます。
本作では、主人公の領事ジェフェリー=ファーミンは妻イヴォンヌとの関係に悩み、酒浸りになっています。妻は一度領事のもとを去るものの、また戻ってきて、それでもジェフリーは妻との関係を回復できず、イヴォンヌと弟ヒューの不貞にも悩み、また酒に依存して生活が破綻しています。ジェフリーの現世や夫婦生活への幻滅や、酒やストレスによる精神的混乱や酩酊が、ゲーテ『ファウスト』やマーロウ『フォースタス博士』におけるファウストの人生への幻滅や異世界巡りを象徴に展開されます。
ファウスト伝説
ファウストは実在したと呼ばれる錬金術師であり、それを題材にするマーロウ『フォースタス博士』、ゲーテ『ファウスト』がよく知られます。
ファウストは学者としての人生に退屈し、自殺を試みた後、悪魔に更なる知識とこの世のあらゆる喜びと知恵を得られる魔法の力を求め、悪魔の代理であるメフィストフェレスと取引します。メフィストフェレスはファウストに自身の魔力を与えるが、期限が切れるとき悪魔はファウストの魂を求め、結果ファウストは永遠に地獄に落ちる、という内容がファウスト伝説を扱う作品の概ね共通する枠組みです。
本作において、ジェフェリー領事は、人生に幻滅し、精神世界を彷徨し、最後は射殺か転落死してしまいます。このような経過はファウストを踏まえます。
またその弟ヒューもファウストを象徴します。
エブロ川の戦い、スペインファシズム
作中では、エブロ川の戦いとスペインのファシズムが重要なモチーフになっています。エブロ川の戦いでは、スペイン内戦において特に大規模な戦闘で、左派の人民戦線が大打撃を受け、ファシズム勢力の反乱軍が勝利しました。
ヒュー=ファーミンは主人公の領事ジェフリーの異母兄弟で、政治的に左派に傾倒し、スペイン内戦では共和党を支持します。しかしロンドン=グローブ紙にファシストの活動を記録するためにメキシコを訪れ、翌日にはスペイン政府軍に弾薬を運ぶ船に乗るために出発する予定です。自分をジャーナリズムの裏切り者で、ヒトラーに匹敵する挫折した芸術家とも考えます。
そんなヒューもファウスト的な現世への幻滅を象徴するキャラクターです。
異質物語世界の語り手、複数の焦点化。一部等質物語世界の語り手
本作品はウルフ『ダロウェイ夫人』、ジョイス『ユリシーズ』と語りの構造としては近く、異質物語世界の語り手が複数の人物に焦点化をはかります。意識の流れの手法を駆使しつつ、豊かな語り口でもって作品が綴られています。
全12章からなり、それぞれさまざまな焦点化人物を設定して物語を展開します。
このように混線した非線形の語り口が特徴です。
本作の時間
12章のうち、最初の章は物語の導入的部分で、事件のちょうど1年後です。続く11章は1日の出来事で、死者の日の早朝、前年に領事ジェフリー=ファーミンを捨てた妻イヴォンヌの帰還から、その日の終わりに領事が死ぬまでを描きます。
このように本作に描かれる時間的期間は、ウルフ『ダロウェイ夫人』のようにおよそ一日の間のことであって、ガルシア=マルケス『百年の孤独』と比べるとずっと短いものの、意識の流れの手法によって、その中で時間が過去から未来、現在へと縦横に変遷していくのが特徴です。
一人称的視点のリアリズム、意識の流れ。プラグマティズム、現象学
モダニズム文学に典型的な手法が意識の流れです。意識の流れという手法は、現象学や心理学を背景に、一人称的視点への構造的理解と再現を図ろうとするものです。
ジョイス『ユリシーズ』、フォークナー『響きと怒り』、ウルフ『ダロウェイ夫人』などに見える意識の流れの手法は、現象学(フッサール、ベルクソン)、精神分析などの心理学、社会心理学、プラグマティズム的な知見を元に一人称視点のリアリズムをラディカルに押し進めたものでした。
プルースト(『失われた時を求めて』)もベルクソンの現象学の影響で、ジョイスもデュジャルダンの『月桂樹は切られた』などの影響で、それぞれ独自の意識の流れの手法について開発し、現象的経験の時間的に連続した経過の再現を試みています。
物語世界
あらすじ
第1章
1939年11月2日。ジャック=ラリュエルとヴィジル医師が、クアウナワクの上の丘の上にあるホテル=カジノ=デ=ラ=セルバでアニゼットを飲み、1年前の領事ジェフリー=ファーミンのことを回想します。領事のアルコール依存症、彼の不幸な結婚生活、妻が彼のもとに戻ってきたことなどが話されます。
会話が終わると、ラリュエルはホテルからマクシミリアン大公の宮殿の廃墟を通って町へ向かいます。その途中で、領事と過ごした季節を思い出します。ラリュエルの家族と領事の養子縁組したタスカーソン家は、イギリス海峡に隣接する夏の別荘を借りていたものの、ラリュエルはタスカーソン夫妻とやがて疎遠になります。
ラリュエルは翌日クワナワックを発つ予定でしたが、まだ荷造りをしておらず、家に帰るのも嫌で、セルベセリアXXという地元の映画館に併設されたバーで過ごします。シスター=ブスタメンテが経営しているそのバーで、ラリュエルは1年半前に領事から借りた本をもらいます。それは、ファウスト神話の映画に使う予定のエリザベス朝の劇のアンソロジーでした。『Sortes virgilianae』から、マーロウの『ファウスト博士』の最後「切られた枝は、真っ直ぐに成長したかもしれないのに…」が目に入り、次に領事からイヴォンヌに宛てた手紙を見つけます。アルコールによる昏迷とせん妄が見受けられ、彼女に戻ってくるように懇願するものでした。
ラリュエルはその手紙を燃やします。外では鐘がドレンテに鳴りました。
第2章
1938年11月2日午前7時、赤十字舞踏会の翌朝、領事がクアウナワクのベラ=ビスタ=ホテルのバーに座ってウィスキーを飲んでいると、イヴォンヌが入ってきます。領事はアルコール中毒がひどく、靴下を履くこともできません。イヴォンヌは結婚生活を取り返そうとするものの、領事は過去にとらわれており、イヴォンヌが去った後に酒浸りになったオアハカについて話し始めます。領事は、メキシコでは子供が亡くなったとき、死んだ子供には常に大人が付き添う必要があると説明し、ウィリアム=ブラックストーンという、インディアンの間で暮らすようになった男について語ります。
イヴォンヌと領事はホテルを出て、クエルナバカのコルテス宮殿に沿って町を歩きます。二人は印刷所のショーウィンドウに立ち止まり、風雨で二つに割れた岩の写真が目に止まり、イヴォンヌはそれが自分の結婚の象徴のようだと思います。ニカラグア通りにある自宅へ向かう途中、ジャック=ラリュエルの家に立ち寄ります。壁には「No se puede vivir sin amar (愛さずには生きられない)」と碑文があり、ポポカテペトルとイスタシワトルが見えます。領事はイヴォンヌに、ヒューも一緒に滞在しており、今日中に旅行から戻ってくる予定だと伝えます。
二人が家の庭に入ると、野良犬が二人の後をついてきます。
第3章
イヴォンヌは庭を調べ、領事は酒の問題を何とかしようとしているように振る舞います。領事は妄想にとりつかれ、すべて失われたと告げる声とまだ希望があると告げる声が聞こえてくるのでした。
ヴィジル医師は領事にストリキニーネの調合物を処方し、領事はそれを摂取し、ウィスキーを飲みたいのを抑えようとします。しかし、イヴォンヌが浴室にいる間に、領事は家を出て酒場に行き、気絶して道に倒れ、 イギリス人の運転するMGマグナに轢かれそうになります。
意識を失いながら、弟のヒュー=ファーミンのこと、特に弟がイヴォンヌを領事に押し付けたことを思い出します。
家に戻ると、領事はイヴォンヌの寝室に入るものの、パティオにあるジョニーウォーカーのボトルの誘惑と幻覚に悩み、愛し合おうとするもののうまくいかず、落胆します。
その後、イヴォンヌが部屋で泣いている間、領事はウイスキーのボトルに「愛している」とつぶやき、眠ります。
第4章
ヒューは兄である領事の家に到着します。服は押収されていたため、兄のを着ます。新聞は兄のジャケットに保管します。
エブロ川の戦いや、ヒューの友人でメキシコ人のフアン=セリージョのことなどが語られます。
ヒューは領事の家でイヴォンヌに会います。彼女は彼の心をつかみ、二人の不貞が仄めかされます。
領事が眠っている間に、ヒューとイヴォンヌは馬を借り、ビール醸造所に立ち寄った後、メキシコ皇帝マクシミリアン大公の屋敷に立ち寄ります。マクシミリアン大公とその配偶者カルロタ、そして領事とイヴォンヌの幸福な過去が回想されます。
第5章
ヒューとイボンヌが外出している間、領事は二日酔いに耐えています。
領事が自分の庭を調べているとき、エデンの園が象徴として現れ、彼は隠していたテキーラのボトルを見つけ、新しく立てられた看板を目にします”LE GUSTA ESTE JARDIN? QUE ES SUYO? EVITE QUE SUS HIJOS LO DESTRUYAN!”(このあなたのための庭はお気に召しますか?あなたの子供が壊さないように気をつけていてください)とあり、領事はこれを「この庭がお好きなのですか? なぜあなたのものだというのですか? 庭を破壊する者は、追い出せ」と誤訳します。
酔っぱらうにつれて、パリアンのバー、ファロリトの幻覚を見ます。領事はアメリカ人の隣人、クインシー氏と会話を始めるものの、クインシーは酔っ払った領事を見下しています。領事はエデンの園について話し、アダムの罰はおそらくエデンの園で独りで「神から切り離されて」生き続けることだったのではないかと言います。
ヴィジル がクインシーを訪ねます。ヴィジルはエブロ川の戦いと教皇ピウス 11 世の病気の見出しが載った新聞を持っています。次に領事に会い、メスカルとテキーラには近づかないように言います。
ヒューとイボンヌが戻ってきてます。領事は浴室で意識を失っていたものの目を覚まし、ヴィジルの提案したグアナファトへの日帰り旅行の代わりにパリアン近くのトマリンに行くことに決めたことを回想します。
第6章
ヒューは葉巻を吸いながら、船乗り、ジャーナリスト、ミュージシャンとしての過去を回想します。ヒューは自分がジャーナリスト勢力の裏切り者で、エブロ川の戦いにおける責任があり、アドルフ=ヒトラーに匹敵する「もう一人の挫折した芸術家」で反ユダヤ主義者だと考えます。
ヒューはフィロクテテス号で、ユダヤ人の出版社のボロウスキーが協力するヒューの歌の宣伝活動をすることになっていました。その選択に疑問を抱いたヒューは、海への旅から逃げようとするものの、領事に阻止され、領事はヒューの選択を支持する言葉を叔母に電報で送ります。ヒューはフィロクテテス号、そして後にオイディプス=ティラヌス号を回想します。イギリスに戻ったヒューは、ボロウスキーが歌の宣伝に熱心でないことに気づき、またヒューがボロフスキーに対して寝取ったことが明らかになり、ボロフスキーはヒューに盗作の疑いをかけますが、後にボロフスキーは疑いを取り下げます。
現在では、ヒューはせん妄に苦しんでいる領事のひげを剃ります。2人は文学とオカルトについて話します。
それからヒュー、イヴォンヌ、領事、ラリュエルはラリュエルの家に向かいます。その途中、領事はイヴォンヌから手紙を受け取ります。彼女が去った前の年に書いたものでした。
第7章
4人はジャック=ラリュエルの家に到着します。そこに2つの塔があり、領事はそれをゴシック様式の胸壁とサマリア人のカモフラージュされた煙突にたとえます。
ヒュー、イヴォンヌ、領事は2階に上がり、そこで領事は酒を我慢しながら、エリザベス朝の有名な8つの戯曲を探します。イヴォンヌは帰りたがり、トマリン行きのバスに乗る前にフィエスタに行くことを提案します。
ヒューとイヴォンヌが去った後も領事は残り、2人が去ると、ラリュエルは領事の飲酒を咎めます。2人はフィエスタに一緒に降り、領事はカフェで酔っ払い、ラリュエルは飲酒についてまた説教します。フィエスタでは、教皇の病気とエブロ川の戦いについて語られます。
やがてラリュエルは去り、領事は自分の飲酒で自責に駆られます。ヒューとイヴォンヌを避けるためにさまようなか、地獄の機械と呼ばれる乗り物を見つけ、子供たちに乗るように強いられます。領事は乗り物で自分の持ち物を失うものの、子供たちはそれを集めて返すのでした。
領事はターミナル=カンティーナ=エル=ボスケに入り、そこで経営者のセニョーラ=グレゴリオと話し、また酒を飲みます。犬が領事の後を追って中に入るものの、彼が立ち上がると怖がって逃げます。
領事が外に戻ると、ヴィジル、クインシー、ブスタメンテが一緒に歩いているのを見つけるものの、向こうはこちらに気づかないのでした。
そしてトマリン行きのバスが駅に着きます。
第8章
領事、ヒュー、イヴォンヌはバスでトマリンに向かいます。
ラス=マノス=デ=オルラック、エブロ川の戦い、タバコ、善きサマリア人、数字の 7 など、多くのモチーフが現れます。
途中、ヒューはバランカの底で死んだ犬に気づきます。旅の途中、バスにペラドが乗っているのが目に入ります。ヒューと領事は、その「ペラド」という呼び名の意味について話し、ヒューはその言葉が「靴を履いていない文盲」を意味すると考えるものの、領事はそれを訂正し、ペラドとは「皮を剥がされた者」「裸の者」だが、貧しい人々を食い物にする金持ちである必要のない者でもあると話します。
やがてヒューは道端で男性を見つけ、バスが止まり、それは帽子で顔を覆った瀕死のインディアンであることがわかります。法律では、そのような所謂「サマリア人」は「事後共犯」の罪に問われるため、その男を助けません。しかし、ペラドがインディアンの帽子を脱がせると、頭に傷があり、血まみれのお金が出てきます。
ヒューと領事は7番の焼き印が押された馬に気づきます。領事はヒューにペラドを見るように言いますが、ペラドは今「血まみれの銀ペソとセンタボの山」を握っていました。ペラドはインディアンのお金を盗み、運賃の支払いに使っていたのでした。
領事、ヒュー、イヴォンヌはハバネロを飲み、バスはトマリンに向かいます。
第9章
領事、ヒュー、イヴォンヌはアリーナ=トマリンに到着し、闘牛を見物します。物語はマンロー=リーフの『牡牛のフェルディナンド』を参照します。
イヴォンヌの視点から、負傷したインディアンの思い出や、ポポカテペトル火山が回想されたり、幼少期や若い頃のことを思い出します。幻覚の中で父親が近づいてくるのを見たこと、第一次世界大戦の頃に母親が亡くなったこと、ハリウッド女優としての短いキャリアなど。そしてイヴォンヌの将来の夢は、領事と一緒に自然のなかで平和に暮らすことでした。
闘牛の最中、領事とイヴォンヌが群衆の中で互いの愛を告白する中、ヒューは闘牛に飛び込んで牛に乗ろうとします。
第10章
領事がサロンオフェリアで飲んでいます。領事はバーカウンターに座り、近くで泳ぎながらヒューとイボンヌが冗談を言い合うのを聞きつつ、酒について考えます。領事は二人の冗談に耳を傾けますが、彼らは更衣室で着替え、夕食に加わります。
領事が観光案内の小冊子を読み、イボンヌと楽しかった頃に訪れた場所を思い出すと、サンフランシスコ修道院、シティ教区、トラスカラ王立礼拝堂と聖域など、さまざまな名所が話題になります。領事はヒューと政治論争をし、飲酒に関するヒューとイボンヌの懸念に激怒した後、早めに立ち去ります。
第11章
ヒューとイヴォンヌは、領事を探してサロン=オフェリアを出発します。二人はポポカテペトルとイスタシワトルの二つの火山の影を歩き、分かれ道にさしかかります。
イヴォンヌの視点から、二人はパリアンに向かう途中で二つの酒場を通ることから領事も通ったと予想される主要道を進んだことが描かれます。二人は雷雨に襲われ、オリオン座やプレアデス座など星座への言及がなされます。
イヴォンヌは、足に数字の7の焼き印が押された馬に踏みつけられ、死ぬ間際にカナダの夢の家が燃え落ちるのを想像する。
第12章
領事はファロリトのメインバールームにいます。ファロリトはポポカテペトル火山のふもとにあります。領事はヒューとイヴォンヌが自分を探していることに気づいていません。
ディオスダドは、イヴォンヌが過去1年間に領事に宛てて書いた手紙の束を領事に手渡します。領事は地元の警察署長と口論になり、警察署長らは領事をバーの外、明かりの届かないところに押し出し、銃で撃ってファロリトが建っている渓谷の端から突き落としてしまいます。銃声に驚いた馬は逃げ出していくのでした。




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