始めに
モリエール『亭主学校』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
モリエールの作家性
モリエールに最も直接的な影響を与えたのは、当時パリで活動していたイタリアの劇団です。ティベリオ=フィオリッリから、モリエールは身体表現やコミカルな動きを学びました。
また古典主義の時代だったため、ギリシャ・ローマの古典は必須の教養でした。モリエール『守銭奴』は、プラウトゥスの『黄金の壺』を直接のモデルにしています。テレンティウスの洗練された会話やプロットの構成も、モリエールの性格喜劇の基盤となりました。
当時のフランス演劇界では、スペインの劇作法が流行していました。稀代の女たらしを描いた『ドン・ジュアン』の元ネタは、ティルソ・デ・モリーナ『セビリアの色事師と石の招客』です。またロペ・デ・ベガの複雑なプロットやどたばた劇からも影響があります。
コルネイユは悲劇で有名ですが、初期の喜劇(『嘘つき男』など)は、モリエールが風俗喜劇を確立する上での重要なヒントとなりました。加えてフランス土着の荒削りな笑いも大切にしていました。これが、知的な風刺とドタバタ劇を融合させるモリエール独自のスタイルに繋がっています。
折檻のパラドックス
この劇の核心は、孤児の姉妹を預かった二人の兄弟(アリストとスガナレル)の、全く異なる花嫁教育の対比にあります。兄アリストは信頼に基づき、若い女性に自由を与え、世間を知らせることで自律性を育てようとします。心は力で縛り付けることはできないという哲学です。弟スガナレルは徹底した監視と監禁、質素な生活を強いることで、女性の不貞を防ごうとします。厳しくしつけることだけが純潔を守る道だと信じて疑いません。この二人の態度は、当時の社会における家父長的な支配と、啓蒙的な人間関係の対立を象徴しています。
作品全体を貫く皮肉なテーマは、逃げ出さないように縛り付ける行為こそが、最も逃走を助長するというパラドックスです。スガナレルが厳しく当たれば当たるほど、内気だったイザベルは知恵を絞り、巧妙な嘘や演技を身につけていきます。皮肉なことに、スガナレルは自分が貞淑な妻を育てていると思い込みながら、実は自分を騙すプロフェッショナルを育ててしまっているのです。ここでは、情報の非対称性が生む喜劇的な悲劇が描かれています。
モリエールはこの劇を通じて、愛は強制されるものではなく、自由な意志によってのみ捧げられるものだというメッセージを提示しています。最後に、自由を与えられた姉の方は自ら進んでアリストを選びますが、縛り付けられた妹の方は必死に恋人と逃げようとします。
物語世界
あらすじ
スガナレルに監禁されている妹のイザベルは、青年ヴァレールと相愛の仲になります。しかし、一歩も外に出られない彼女は、自分を監視しているスガナレル本人を連絡係として利用するという大胆な作戦に出ます。イザベルはスガナレルにこう訴えます。「あのヴァレールという男がしつこく言い寄ってきて困るのです。これをお返しして、二度と近づかないように叱ってください」と言って、恋文をスガナレルに渡します。
何も知らないスガナレルは俺の教育のおかげで、彼女はこんなに貞淑だ、と鼻高々にヴァレールの元へ行き、文句を言いながら結果的にイザベルの手紙を届けてしまいます。
さらにイザベルは、「姉のレオノールが私の部屋に男を連れ込もうとしている」と嘘をつき、スガナレルを煽ります。スガナレルは自由奔放な教育をしている兄のやり方が失敗したことを証明しようと、意気揚々と証人を集めてその場を押さえようとします。
しかし、ベールで顔を隠してヴァレールと共にいたのは、レオノールではなくイザベル本人でした。スガナレルは自分がイザベルの結婚を助けているとは夢にも思わず、公証人を呼んで二人の結婚契約を成立させてしまいます。
正体が明かされたとき、スガナレルは、女というものは地獄の底まで信用ならん、と悪態をついて去ります。一方で、自由を与えられていた姉のレオノールは、自らの意志で寛容な兄アリストとの結婚を選び、物語は幕を閉じます。



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