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ナタリア・ギンズブルグ『モンテ・フェルモの丘の家』解説あらすじ

ナタリア・ギンズブルグ
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始めに

 ナタリア・ギンズブルグ『モンテ・フェルモの丘の家』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ギンズブルクの作家性

 ギンズブルクにとって最も重要な仕事の一つは、プルーストの『失われた時を求めて』第1篇(スワン家の方へ)をイタリア語に翻訳したことです。翻訳作業を通じて、彼女は過去の細部をどう記述するかを学びました。


​ ​ギンズブルクはチェーホフを深く愛し、彼についての評伝的エッセイも残しています。


​ ​ギンズブルクは、戦後イタリア文学の重要拠点であるエイナウディ出版社で働いており、そこで作家チェーザレ=パヴェーゼと深く親交しました。


​ ​彼女は特定の誰かというだけでなく、エイナウディ社のサークルそのものから影響を受けています。カルヴィーノは同僚であり友人で、互いに批評し合うことで、戦後イタリアのネオレアリズモを独自の方向へ発展させました。​エルザ=モランテは同時代の女性作家として、その力強い叙事詩的才能に敬意を払っていました。

タイトルの意味

​ ​物語の中心には、かつて家族や友人たちが集まった「モンテ・フェルモの家」があります。しかし、この家が売却されることで、登場人物たちの精神的な拠り所が失われます。家は単なる建物ではなく、かつての親密な時間の象徴です。その売却は、伝統的な家族像や安定した帰属先の終焉を意味しています。主人公のジュゼッペがアメリカへ渡るように、登場人物たちは常に移動し、どこにも定着できない不安を抱えています。

 ​この小説は手紙のやり取りだけで構成されていますが、皮肉なことに、それは対話の不在を際立たせています。手紙という手段は、相手に言葉を届けながらも、物理的な距離や心の隔たりを強調します。伝統的な結婚や家族の枠組みが崩れ、不倫や複雑な血縁関係、行きずりの関係が描かれます。人々は互いに関わり合いながらも、本質的な孤独から逃げられずにいます。

 ​タイトルが示す通り、都市と家の対比が重要です。都市は匿名性が高く、変化が激しく、混乱に満ちた現代社会の象徴です。​家はかつての秩序や安らぎを象徴しますが、現代においてそれはもはや維持不可能な幻想として描かれます。​1980年代という、かつての政治的理想や強い連帯感が失われた時代の空気が反映されています。​登場人物たちはみな、何かに情熱を燃やすわけではなく、ただ起きていく出来事に流されるように生きています。

物語世界

あらすじ

 ​この作品は、全編が手紙のやり取りのみで構成される書簡体小説です。ジュゼッペという50代のジャーナリストは、ローマ郊外のモンテ=フェルモにある別荘レ・マラーネ(モンテ・フェルモの家)を売却し、アメリカのプリンストンで大学教授をしている兄のもとへ身を寄せる決意をします。彼はかつての愛人であり、親友でもあるルクレツィアや、周囲の友人たちに別れの手紙を書きます。この家は、彼らの青春や不倫、友情が詰まった、いわば精神的な聖域でした。

 ジュゼッペがアメリカへ渡った後、イタリアに残った友人たちの生活は、手紙を通じて彼に伝えられます。しかし、その内容は崩壊の兆しを見せていきます。夫との間に多くの子を持ちながら、常に新しい恋を追い求める彼女は、ジュゼッペが売ったはずの家に、新しい愛人と共に移り住んでしまいます。ジュゼッペが長年疎遠にしていた息子アルベリーコは、ドラッグや危うい商売に手を染めていましたが、やがて映画制作に情熱を見出し、頭角を現します。
​ 

 しかし映画製作者として成功しかけていた息子アルベリーコは、ロンドンで何者かに殺害されます。ジュゼッペは父としての責任と後悔に苛まれます。
​ ルクレツィアの新しい恋もうまくいかず、彼女は再び家を追われ、精神的にも物質的にも行き場を失っていきます。


​ ​最終的に、かつて人々が集い、愛や議論を交わしたモンテ・フェルモの家は、持ち主を変え、かつての面影を失います。ジュゼッペはアメリカに留まりますが、そこでも異邦人としての孤独を感じ続けています。友人たちは散り散りになり、手紙のやり取りも次第に途絶えがちになります。

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