始めに
ピエール・ドリュ・ラ・ロシェル『ゆらめく炎』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ドリュ=ラ=ロシェルの作家性
ドリュ=ラ=ロシェルにとって、ニーチェはもっとも根本的な影響を与えた存在です。デカダンスへの嫌悪と、それを乗り越えるための力や生の跳躍という概念を継承しました。
モーリス=バレスはフランスのナショナリズム文学の巨頭です。根をもつことの重要性や、自国フランスへの愛着を語りました。初期のドリュはバレスのナショナリズムに心酔していましたが、後にバレスの保守性を批判しつつも、そのロマン主義的な感性は引き継ぎました。またスタンダールはドリュの文体や、個人の心理描写において大きな役割を果たしました。
ドリュは一時期、シュルレアリスムの運動に深く関わっていました。特にブルトンやアラゴンとは深い親交がありましたが、政治的スタンスの違いから後に決裂します。しかし、彼らと共有した現代文明への絶望は、彼の作品の底流に流れ続けました。
マルローは同時代の作家であり、ライバルに近い存在でもありました。
タイトルの意味
主人公アランが抱える最大の問題は、現実の世界と自分との間に接点を見出せないという絶望的な疎外感です。彼はヘロイン中毒ですが、それは単なる快楽追求ではなく、耐えがたい現実の退屈さや空虚さから逃れるための緩やかな自殺の手段として描かれています。タイトルの「ゆらめく火(鬼火)」が象徴するように、彼の命はどこにも定着できず、実体のないまま消えゆく運命にあります。
アランは死の直前、かつての友人たちを訪ね歩きますが、そこで浮き彫りになるのは世俗的な幸福との絶対的な断絶です。金、女、仕事、家庭といった、世間一般が価値があると信じているものに対して、彼は激しい嫌悪と冷ややかな軽蔑を感じます。友人たちが社会に適応し、中身のない会話に興じている姿を見て、彼は自分が生きるべき場所がこの世にないことを再確認してしまいます。
作者ドリュ=ラ=ロシェル自身の経験も反映されていますが、第一次世界大戦という巨大な破壊を経験した後の、若者たちの精神的な燃え尽きが背景にあります。かつての戦場にあったような強烈な生の実感を日常に見出すことができず、平時の社会がただただ浅ましく、活気のないものに見えるという病的な倦怠感がテーマとなっています。
物語世界
あらすじ
主人公のアランは、退役軍人で重度のヘロイン中毒者です。彼はヴェルサイユにある精神科の療養所で、中毒の治療を受けています。肉体的な禁断症状は消えつつありましたが、彼の心はこれから先、しらふでこの退屈な世界をどう生きていけばいいのかという深い虚無感に支配されていました。
アランは、自分がまだこの世に繋ぎ止められるかどうかを確かめるように、パリの街へ繰り出します。かつての友人たちや愛人を訪ね歩く、いわば生への未練の確認作業です。
かつての戦友は今やブルジョワ的な家庭に収まり、エジプト学などという死んだ学問に没頭しています。放蕩仲間は相変わらず中身のない社交界の噂話に明け暮れています。かつての恋人の中にも、自分を救ってくれるような情熱は見当たりません。
アランは、彼らとの会話を通じて、彼らが信じている仕事、家庭、快楽が、自分にとっては何の価値もない空虚な模造品であることを再確認してしまいます。
誰一人として、アランの魂の渇きを理解する者はいませんでした。彼にとって、かつて情熱を燃やした世界は、いまや湿った灰のような場所にしか見えません。
療養所の自室に戻ったアランは、自分の持ち物を丁寧に整理します。それは、この世との絆を一つずつ断ち切る儀式のようでした。
アランは自分が自分であるために、これ以上は生きられないと結論づけます。彼は、鏡の前で自らの心臓の位置を確認し、拳銃で自らの命を絶ちます。 その死は、悲劇というよりも、彼にとっての唯一の解決として淡々と描かれます。




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