始めに
エドマンド=スペンサー『妖精の女王』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
スペンサーの作家性
スペンサーは、自身の詩作キャリアを古代ローマの詩人ウェルギリウスの足跡に重ね合わせていました。ウェルギリウスがパストラルから始め、最後に叙事詩『アエネーイス』に到達したように、スペンサーも『羊飼の暦』でデビューし、『妖精の女王』へと向かいました。叙事詩の形式や、英雄の冒険を通じて道徳を説く手法において、ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』を規範としました。オウィディウス『変身物語』に見られる神話の豊かなイメージや、変容というテーマは、スペンサーの幻想的な描写に大きな影響を与えています。
スペンサーの代名詞である騎士道物語と叙事詩の融合は、イタリアの先駆者たちなくしては語れません。アリオスト 『狂えるオルランド』の自由奔放な物語構造や騎士道の冒険は、スペンサーの叙事詩の骨組みとなりました。タッソ『解放されたエルサレム』からは、より厳格なキリスト教的道徳観や、魅惑的な庭園の描写手法を学びました。ペトラルカ『アモレッティ』に見られる恋愛心理の表現は、ペトラルカ的な伝統を継承しつつ、スペンサー独自の解釈を加えたものです。
スペンサーは、中世イギリスの詩人ジェフリー=チョーサーを英語の濁りのない泉と呼び、深く崇拝していました。
美や愛を精神的な理想へと昇華させる新プラトン主義は、彼の詩の核心にあります。また熱心なプロテスタントであった彼は、作品の中に聖書のイメージや、当時の宗教改革的な価値観を色濃く反映させました。
倫理的テーマ
スペンサーの最大の目的は、読者を高潔な人物へと導くことでした。各巻には一人の騎士が登場し、それぞれが特定の徳を代表して冒険を繰り広げます。第1巻は聖潔で、赤十字の騎士が、自らの信仰を試されながら悪を倒します。第2巻は節制で、ガイオン卿が、欲望や誘惑に打ち勝ち、理性を保ちます。第3巻は貞潔で、女騎士ブリトマートが真実の愛を貫く強さを示します。第4巻は友愛で、騎士たちが調和と絆の大切さを体現します。第5巻は正義で、アーティガル卿が、力と知恵で公平な裁きを行います。第6巻は礼節で、カリドー卿が、真の騎士らしい気品と振る舞いを示します。
これらの冒険を通じて、スペンサーは一人の人間がいかにして完璧な人格に近づくかを描こうとしました。
王権
この作品は、当時のイングランド女王エリザベス1世への壮大なオマージュでもあります。グロリアーナ(妖精の女王)は舞台となる国の主君であり、エリザベス1世の理想化された姿です。
伝説の王アーサーが完璧な騎士として登場し、グロリアーナを探し求めます。これは、当時のチューダー朝がアーサー王の正当な後継者であることをアピールする政治的な意図がありました。
熱心なプロテスタントだったスペンサーにとって、この物語は正しいキリスト教(プロテスタント)が偽りの教え(カトリック)に打ち勝つプロセスでもありました。
登場人物のウーナは真実の教会を、ドゥエッサは欺瞞とカトリックの腐敗を象徴しています。騎士たちが怪物や魔法使いに騙される場面は、人がいかにして「偽りの甘い言葉」に惑わされるかという宗教的な教訓になっています。
物語世界
あらすじ
・第1巻:物語の舞台は、女王グロリアーナが統治する妖精の国。彼女が開催した12日間の宴に、助けを求める人々が次々と現れ、それに応じて12人の騎士がそれぞれの任務へ出発します。主人公の赤十字の騎士は、王女ウーナから両親を幽閉している巨大なドラゴンを倒してほしいと頼まれます。しかし、旅の途中で邪悪な魔術師アーキメイゴの幻覚に惑わされ、ウーナが不貞を働いたと勘違いして彼女を捨ててしまいます。その後、偽りの美女ドゥエッサに鼻の下を伸ばしてピンチに陥りますが、最後には過ちを悟り、アーサー王子の助けも借りて、見事ドラゴンを退治。ウーナと婚約します。
・第2巻:騎士ガイオンは、人々を溺れさせる魔女アクライジアを倒す旅に出ます。彼は、あらゆる欲望が渦巻くマンモンの洞窟などの誘惑を、理性の力で撥ね退けていきます。最後には、魔女が住む甘美な誘惑の園である快楽のあずまやを物理的に破壊し、魔女を捕らえます。
・第3巻:この巻の主人公は、女性騎士のブリトマートです。彼女は魔法の鏡に映った未来の夫、騎士アーティガルの姿に恋をし、彼を探す旅に出ます。彼女は最強の槍を持っており、並み居る男の騎士たちを次々と打ち負かしていきます。単なる恋愛話ではなく、真実の愛を貫く強さが描かれます。
・第4巻:第4巻は友情をテーマにしていますが、特定の主人公一人が活躍するのではなく、複数の騎士たちの関係性が複雑に絡み合う群像劇のような構成です。 前巻から続くブリトマートやアモレットの物語が継続されます。キャンベルとトリアモンドという二人の騎士が、当初は敵対しながらも、魔法や試練を経て固い友情で結ばれる過程が描かれます。
・第5巻:正義を象徴する騎士アーティガルの武勲詩です。当時のエリザベス1世時代の政治が強く反映されています。アーティガルが、鉄の従者タラスを連れて、圧政に苦しむ人々を救う旅に出ます。彼はアマゾンの女王ラディガンドに敗北し捕らえられますが、恋人ブリトマートによって救出されます。最終的に暴君グラントートーを倒し、正義を回復させますが、最後は中傷や妬みという怪物に悩まされるという、現実的で苦い終わり方をします。
・第6巻:礼節の騎士キャリドアが、世の中に悪評と中傷をまき散らす怪物吠える獣を退治する命を受けます。任務の途中で彼は羊飼いの村に迷い込み、美しい乙女パストレッラに恋をします。騎士としての義務を一時忘れ、田舎での平和な生活に身を投じますが、最終的に自分の使命を思い出し、怪物を追い詰め、一時的に封印することに成功します。




コメント