始めに
ゴールズワージー『林檎の樹』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ゴールズワージーの作家性
ゴールズワージーが最も愛し、最も影響を受けたと公言しているのがツルゲーネフです。写実主義から影響されました。フランスの短編の名手モーパッサンからは、物語の構成力と節約された文体を学びました。
コンラッドは単なる影響元というだけでなく、生涯の親友でもありました。トルストイからは、社会の構造を巨大なキャンバスに描き出すスケールの大きさを吸収しました。
こうしたことからイギリスの中産階級の偽善や所有欲を、内部の人間としての視点で鋭く、かつエレガントに批判しました。法律家出身ということもあり、司法制度の不備や社会的不平等に対する強い正義感が、彼の作品を単なる風俗小説以上のものにしています。
理性と情熱
ミーガンは自然、純真、本能的な愛の象徴で、彼女は教育や社会的体裁を知らない、いわば自然そのものです。アシュハーストは教養ある中産階級の青年で、彼はミーガンの野生的な美しさに惹かれますが、結局は自分が属する文明社会の規範や、知的なステラという存在を捨てることができません。
ゴールズワージーが得意とするテーマですが、ここでも階級が重くのしかかっています。アシュハーストがミーガンを捨てたのは、彼女を自分の世界の人間に紹介したときの恥ずかしさや違和感を想像してしまったからです。個人の純粋な感情でさえ、教育や育ちという階級の壁を越えることは極めて困難であるという、作家の冷徹な観察眼が光っています。
アシュハーストは美しい瞬間を愛しながらも、最終的には社会的な安全を選択します。この選択がミーガンの悲劇を生みます。アシュハーストは悪人ではありませんが、彼の若さゆえの感受性が結果的に最も残酷な結果を招きます。彼はミーガンへの愛を美しい詩的な経験として楽しみますが、彼女の人生を背負う覚悟はありませんでした。年月が経ち、年老いた彼が過去を振り返る姿は、過ぎ去った時間は取り返しがつかないという無常感と、救いようのない後悔を強調しています。
物語の随所に、エウリピデスの詩の一節「林檎の樹、歌、そして黄金」が登場します。これは手が届かない理想郷(ヘスペリデスの園)の象徴です。アシュハーストにとって、ミーガンとの恋はその黄金の園への入り口でしたが、彼は自らその扉を閉ざしてしまいました。林檎の樹の下での恋は、楽園追放のメタファーでもあります。
物語世界
あらすじ
中年の紳士フランク=アシュハーストは、妻ステラとの銀婚式を祝うため、車でデヴォン州のダートムーアを訪れます。
ふと立ち止まった道端に、主のわからない名もなき墓があるのを見つけます。そこは十字路になっており、アシュハーストは強烈な既視感に襲われ、26年前の学生時代の出来事を回想し始めます。
大学生だったアシュハーストは、友人と徒歩旅行中に足を痛め、ある農家に滞在することになります。そこで、純朴で美しい少女ミーガンと出会います。都会的で教養のあるアシュハーストに、ミーガンは一途な憧れを抱きます。アシュハーストもまた、彼女の野生の花のような美しさに心を奪われます。
月明かりの林檎の樹の下で、二人は愛を誓い合います。彼は君をロンドンへ連れて行き結婚すると約束し、彼女を迎えに行くための服や旅費を整えるため、隣町のトーキーへと向かいます。
トーキーに到着したアシュハーストは、そこで偶然、旧友とその三姉妹(その中の一人が現在の妻ステラ)に再会します。洗練された教育を受け、自分と同じ価値観を持つステラたちと過ごすうちに、アシュハーストの心に迷いが生じます。ミーガンを自分の世界連れて行ったら、彼女は浮いてしまうのではないか。この恋は一時の気の迷いではないか。
町の雑踏の中で、自分を探して必死に歩き回るミーガンの姿を遠くから見つけますが、彼は声をかけずに隠れてしまいます。結局、彼はそのままステラたちと共に去り、ミーガンのもとへ戻ることはありませんでした。
回想から戻ったアシュハーストは、地元の老人からその名もなき墓の主について話を聞かされます。その墓は、ロンドンから来た紳士を待ち続け、絶望して川に身を投げたミーガンのものでした。彼女は自殺した者として教会の墓地への埋葬を拒まれ、彼と最後のお別れをした思い出の場所である十字路に葬られたのです。
アシュハーストは、自分が捨てた一時の恋が、彼女にとっては命そのものであったことを突きつけられます。彼は妻ステラが待つ車へ戻りますが、その心には、決して癒えることのない深い後悔の念が刻まれるのでした。




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