始めに
アナトール・フランス『シルヴェストル・ボナールの罪』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
フランスの作家性
エルネスト=ルナンはフランスにとって最も重要な精神的支柱の一人です。宗教に対する懐疑的な視点と、それでも失われない美的な敬意を学びました。またフランスは啓蒙思想家ヴォルテールの直系の後継者と見なされることが多いです。
フランスは17世紀の古典主義を深く愛していました。フランスの文章が明晰であるのは、ラシーヌのような古典劇作家が完成させた、無駄を削ぎ落としたフランス語の美学を規範としていたからです。
若き日のフランスは、詩人たちの集団高踏派に属していました。感情を露わにするロマン主義を否定し、冷徹な表現を追求する姿勢は、後の彼の小説の文体にも息づいています。
テーヌの実証主義の影響もあります。人間を環境や時代、人種の産物として捉えるテーヌの思想は、フランスが描く歴史小説の根底に流れる、冷徹な観察眼に寄与しています。
罪とは
物語のクライマックスで、主人公ボナールは、かつて愛した女性の孫娘であるジャンヌを、彼女を虐待していた後見人や寄宿舎から連れ出します。法律上、これは未成年者の略取に該当します。フランスは、冷徹な法律が必ずしも人間的な正義や愛と一致しないことを描きました。老学者が犯すこの罪は、読者の目にはむしろ聖なる救済として映るよう設計されています。
ボナールは人生のほとんどを古書や写本の研究に捧げてきた人物です。彼は当初、生きた人間よりも、古い羊皮紙や知識を優先していました。 彼にとっての真の転換点は、本の中に閉じこもっていた自分を捨て、生身の人間ジャンヌのために行動を起こしたことです。知識に溺れ、現実の生を疎かにしていたことへの反省が、この物語のテーマとなっています。
ボナールは極めて善良で控えめ、世俗的な欲とは無縁な人物です。そんな彼が人生で唯一犯す罪が、他人を助けるための誘拐でした。悪党が法を利用し、善人が法を犯すという社会の不条理を、フランスはユーモアを交えて批判しました。
物語世界
あらすじ
主人公のシルヴェストル=ボナールは、パリに住む老古文書学者。偏屈ですが善良で、人生のすべてを古書と研究に捧げています。彼は、長年探し求めていた伝説の写本「黄金の聖書」がイタリアにあると聞き、旅に出ます。
結局、一度は写本を入手し損ねますが、ひょんなことから親切を施した女性の計らいで、念願の写本を手に入れます。
パリに戻ったボナールは、かつて若かりし頃に深く愛しながらも結ばれなかった女性、クレマンティーヌの孫娘であるジャンヌが孤児になっていることを知ります。 ジャンヌは、強欲な後見人ムッシュ=ムッシュや、意地の悪い寄宿舎の女主人マドモアゼル=プレフェールによって、虐げられた生活を送っていました。
彼女を不憫に思ったボナールは、ついに隠居生活を捨てて行動に出ます。彼はジャンヌを寄宿舎から無断で連れ出し、自分の養女として迎えることにしたのです。
誘拐という形で法律上の罪を犯したボナールでしたが、結局は事態が好転し、ジャンヌは彼のもとで幸せに育ち、良き青年と結婚することになります。ボナールはジャンヌの結婚持参金を用意するため、人生のすべてだった膨大な蔵書を売却します。
最後に残ったわずかな本と、ジャンヌたちの幸福を見守りながら、ボナールは書物よりも尊いものを知り、静かに余生を過ごすのでした。




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