始めに
ジョン・ミリントン・シング『西の国のプレイボーイ 』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
シングの作家性
シングの人生を最も劇的に変えたのはイェイツです。1896年、パリでくすぶっていたシングに対し、イェイツはアラン諸島へ行くようにいいました。この言葉がきっかけで、シングはアイルランド西部の離島へ向かい、自らの文体であるアイルランド特有の英語ハイバーノ・イングリッシュを確立することになります。
レディ=グレゴリーはアイルランド文芸復興運動のリーダーの一人です。彼女はアイルランドの民話や伝承を収集しており、シングと共にアビー座を設立しました。彼女が書いたケルト神話の再解釈や民俗学的なアプローチは、シングが田舎の人々の言葉を芸術に昇華させる際の手本となりました。
シングはアイルランドに戻る前、パリで長く過ごしフランス文学を熱心に学んでいました。ラシーヌ、モリエール、フランスなどから影響されます。
シングの初期の作品に見られる目に見えない運命の力や静かな恐怖といった要素には、メーテルランクの象徴詩劇の影響が色濃く反映されています。シングは自然を愛する詩人でもありました。ワーズワースの自然の中に神聖なものを見出すという姿勢や、質素な生活を送る人々への視線は、シングの自然観の土台となっています。
英雄譚の風刺
この劇の最大のテーマは語られた言葉が現実を凌駕するという点です。主人公クリスティは、父親を殺したという物語を語ることで、臆病な若者から村の英雄へと祭り上げられます。 冴えない、父親に怯える息子が、父親を殺した勇敢で危険な男になります。
村人たちは彼の残酷な行為そのものではなく、その語り口に魅了されます。芸術や想像力が、いかに退屈な現実を塗り替えてしまうかという力が描かれています。
シングは、アイルランドの田舎の人々が持つ権威への反抗心と安易な英雄崇拝を皮肉たっぷりに描きました。村人たちは、遠くの地で行われた父親殺しをロマンチックな武勇伝として称賛します。しかし、実際に血まみれの父親が現れ、目の前で本物の暴力が振るわれると、手のひらを返してクリスティを縛り上げ、処刑しようとします。虚構なら楽しめるが、現実の生々しい暴力は受け入れられないという大衆の身勝手さと、道徳の曖昧さが浮き彫りにされています。
父と子
最初は嘘をついていたクリスティですが、周囲から英雄として扱われるうちに、本当に自信に満ちた強い男へと変貌していきます。彼は自分の嘘によって、自分自身の性格を再創造したのです。ラストで、彼は父親に屈服するのではなく、支配関係を逆転させます。嘘から始まった物語が、最終的に真の自立を彼にもたらすというパラドックスが描かれています。
当時、アイルランドの農村部では、年老いた父親が土地と権力を握り続け、息子たちがいつまでも自立できないという社会問題がありました。父親殺しというモチーフは、単なる犯罪ではなく、抑圧的な古い世代からの脱却を象徴しています。観客が激怒した理由の一つは、この不道徳な解放が肯定的に描かれたことにありました。
物語世界
あらすじ
第1幕
舞台はアイルランド西部、メイヨー州の荒涼とした海岸沿いにある小さなパブです。ある夜、パブの看板娘ピーギーンのもとに、疲れ果て、汚れきった若者クリスティが逃げ込んできます。彼は震えながら、自分は父親を殺して逃げてきたと告白しました。
普通なら警察を呼ぶところですが、退屈な日常に飽き飽きしていた村人たちは、この父親殺しという大胆な犯行に大興奮します。彼を恐るべき勇気を持った英雄として扱い、パブの用心棒として雇うことにします。
第2幕
クリスティの物語は、語り直されるたびに尾ひれがつき、より詩的で華やかな武勇伝へと進化していきます。村の女性たちは彼に夢中になり、貢ぎ物を持って集まります。パブの娘ピーギーンも、臆病な婚約者よりも危険でロマンチックなクリスティに心を奪われていきます。
嘘から始まった名声によって、クリスティ自身も自信に満ちた男へと変貌していきます。しかし、そこに頭に包帯を巻いた恐ろしい老人が現れます。死んだはずの彼の父親、オールド=マホンでした。
第3幕
クリスティはスポーツ大会で優勝し、村の英雄として絶頂に達しますが、そこに父親が乱入し、彼の嘘が全員の前で暴かれます。英雄からただの嘘つきへと転落したクリスティ。
ピーギーンの愛を取り戻そうと、彼は衆人環視の中で本当に父親を殺そうと襲いかかります。しかし、それを見た村人たちの反応は冷酷でした。遠くの地でのお話としての殺人は称賛しても、目の前で起きる本物の暴力に恐怖し、彼を縛り上げて絞首刑にしようとします。
ところが、またしても父親は生きていました。何度も自分を殺そうとした息子に対し、父親は逆にこいつは骨のある奴になったと感心します。二人は和解し、クリスティは父親を従えるような堂々とした態度で、村を去っていきます。
残されたピーギーンは、彼を裏切ったことを激しく後悔し、西の国でたった一人のプレイボーイを失ってしまったと泣き叫ぶところで幕が閉じます。




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