始めに
ザッハー=マゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
マゾッホの作家性
マゾッホに最も直接的で深い影響を与えた一人がツルゲーネフです。ツルゲーネフの『初恋』や『春の水』などに登場する、男性を翻弄し、時に残酷に扱う意志の強い女性像は、マゾッホに大きな影響を与えました。
マゾッホ自身の性的嗜好の自覚において、ルソーの『告白』は決定的な役割を果たしました。ルソーが幼少期にラ=ランベルシエ嬢から受けた「尻叩き」に快感を見出したという記述は、マゾッホにとって自分の内面を肯定する鏡のような存在でした。
ドイツロマン主義のホフマンも、マゾッホの作風に影を落としています。またマゾッホはハイネを熱狂的に崇拝しており、実際に交流もありました。ゲーテは特に『ファウスト』における永遠に女性的なるものという概念が影響しました。
マゾフィズム
マゾッホが描くマゾヒズムの特徴は、契約にあります。主人公セヴェリンは、愛する女性ワンダに無理やり支配されるのではなく、自ら奴隷になる契約書を交わし、彼女を冷酷な支配者に仕立て上げます。
苦痛そのものが目的ではなく、愛する者の所有物になるという究極の献身の証明として苦痛を求めます。二人の関係は演劇的で、毛皮や鞭といった小道具を用いた儀式を通じて愛を高めていこうとします。
セヴェリンは、単なる肉体的な快楽よりも、精神的な高揚を重視します。彼にとっての理想は、ギリシャ彫像のような冷たく、美しく、残酷な女性です。彼はワンダに自分を虐待させることで、自分自身の魂を浄化し、より高い次元の愛へ到達しようと試みます。
この物語の皮肉な点は、支配されている側のセヴェリンが、支配する側のワンダを作り上げているという構図です。ワンダは知的で自立した女性であり、最初から残酷だったわけではありません。セヴェリンが彼女に冷酷な女神を演じるよう懇願し、教育した結果、彼女は次第にその役割に馴染んでいきます。
主人公は最後に結論を出し、女性を対等なパートナーとして愛せない、あるいは愛されないのであれば、支配するか支配されるかの二択しかないということに思い至ります。
物語世界
あらすじ
物語は、語り手が友人セヴェリンの家を訪ねるところから始まります。そこには、毛皮を纏った美しい女性の絵と、ヴィーナス像がありました。セヴェリンは、かつて自分が経験した奇妙な愛の遍歴を綴った手記を語り手に渡します。手記の中で、若きセヴェリンは未亡人の貴婦人ワンダに恋をします。彼は彼女の中に、冷酷で美しいヴィーナスの理想を見出します。
セヴェリンはワンダに対し、「自分をあなたの奴隷として扱い、どんな残酷な仕打ちでもしてほしい」と懇願します。最初は困惑し、拒絶していたワンダでしたが、次第に彼の情熱に押し切られ、その役割を引き受けることに同意します。
二人は契約を結びます。その内容は、セヴェリンは1年間、彼女の奴隷として完全に服従するというものでした。
二人はイタリアのフローレンスへ旅立ちます。セヴェリンはグレゴールという名の使用人に扮し、ワンダは彼に毛皮を着て鞭を振るうようになります。最初はごっこ遊びのようだった関係ですが、ワンダは徐々に支配者としての本能に目覚めていきます。
ワンダは、セヴェリンが望む作られた残酷さに飽き始め、もっと強引で男らしい男性、ギリシャ人貴族のアレクシスに惹かれるようになります。
ワンダはアレクシスにセヴェリンを縛り上げさせ、彼に激しい鞭打ちを命じます。自分が望んだ演劇的な苦痛ではなく、他人の手による本物の屈辱と暴力を味わったことで、セヴェリンの幻想は粉々に打ち砕かれます。
数年後、手記を書き終えた現在のセヴェリンは、すっかり冷笑的な人物に変わっていました。彼は、女性を理想化しすぎて奴隷になる愚かさを悟り、結論に達します。「男は、ハンマーになるか、さもなければ金床になるかのどちらかだ。私はもう二度と金床にはならない」と。




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