始めに
デュ・モーリエ『鳥』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
デュモーリアの作家性
デュモーリアの代名詞『レベッカ』はブロンテ姉妹と比較されます。シャーロット=ブロンテ『ジェーン・エア』における「屋敷の秘密」「先妻の影」「支配的な男性像」は、『レベッカ』と重なりますし、エミリー=ブロンテ『嵐が丘』に見られるような、荒々しい自然、ゴシック趣味はよく類似性が指摘されます。ただ直接的な強い影響というよりゴシック文学や感傷小説のモードのうえで似たような作風を展開したきらいがつよいです。
実は一番影響が大きいのはモーパッサンです。彼女の短編小説における冷徹な視点と衝撃的な結末は、フランスの短編の名手モーパッサンの影響が指摘されますし、個人的には長編より短編のほうがデュ・モーリアはいい作家です。またスティーヴンソンのロマン主義、ウィルキー=コリンズの作劇からも示唆を受けました。
作家としての血筋も無視できません。祖父のジョージは、催眠術で女性を操る怪人を見事に描いた『トリルビー』の著者です。
ロマン主義的自然の崇高さ
テーマは、人間がいかに自然を軽視し、支配していると過信しているかへの警鐘です。人間は道具や家屋によって自然をコントロールしているつもりですが、鳥という身近な存在が牙を剥いた瞬間、その文明はいとも簡単に崩壊します。知能や技術ではなく、圧倒的な数と本能の前に、人間の知恵が無力化される恐怖が描かれています。
デュモーリアは、現代文明がいかに脆い土台の上に成り立っているかを鋭く突いています。ラジオ放送が途絶え、政府や軍隊が助けに来ない状況を通じて、高度に組織化された社会がパニック時にいかに早く麻痺するかを表現しています。
本来安全であるはずの家庭が、小さな鳥たちのくちばしによって物理的に破壊されていく様は、人間が持つ安全への幻想を打ち砕きます。
戦争のトラウマ
この作品が発表された1952年は、第二次世界大戦の終結から間もない時期です。主人公のナット=ホッケンは、戦争後遺症を抱えながら農場で働く寡黙な男です。
突然空から降り注ぐ死の恐怖は、ロンドン空襲を経験した当時の読者にとって、生々しい戦争のトラウマを想起させるものでした。理由もわからず、いつ終わるとも知れない攻撃に怯える姿は、当時の冷戦構造下における核戦争への予感や、目に見えない敵への恐怖を反映しています。
物語世界
あらすじ
イギリスのコーンウォールの荒々しく寒々しい海岸地帯が舞台です。
主人公のナット=ホッケンは、戦争後遺症を抱えながら農場で働く寡黙な男です。12月のある夜、季節外れの激しい寒波とともに、ナットの寝室の窓を叩く音がします。最初は迷い込んだ鳥かと思われましたが、鳥たちは狂ったように彼を攻撃し、子供たちの部屋にも侵入してきます。
翌朝、ナットは農場主や近隣住民にこの出来事を話しますが、誰もまともに取り合いません。寒さで鳥がおかしくなったんだろうと一笑に付されるだけでした。
しかし、潮が満ちるのと呼応するように、空には数万、数百万という鳥の軍団が集結し始めます。種類を超えた鳥たちが、明確な殺意を持って人間を包囲し始めたのです。
ラジオからは、イギリス全土が鳥の襲撃を受けているという緊迫した放送が流れます。政府は非常事態を宣言し、空軍が対応に向かいますが、無数の鳥の群れにエンジンを破壊され、戦闘機は次々と墜落。やがて、頼みの綱だったラジオ放送も沈黙し、世界から音が消えてしまいます。
ナットは家族を守るため、窓を板で塞ぎ、ドアを補強して家に立てこもります。外からは、何万ものくちばしが木板を削り、屋根を叩く凄まじい音が響き渡ります。近所の家々からは悲鳴が聞こえ、やがてそれも途絶えました。
ナットは最後の一本のタバコに火をつけ、その火を投げ捨てます。家の外では、鳥たちが執念深くドアを破ろうと攻撃を続けています。




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