始めに
トニ=モリスン『ビラヴド』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
モリスンの作家性
モリスンはコーネル大学の修士論文で、ヴァージニア=ウルフとウィリアム=フォークナーを研究対象にしました。この二人は彼女の文体に大きな影響を与えています。ヴァージニア=ウルフからはキャラクターの意識の流れや内面世界を繊細に描き出す手法を学びました。ウィリアム=フォークナーからはアメリカ南部の歴史、共同体の記憶、そして複雑な家族の葛藤を描く叙事詩的なスタイルを学んでいます。
祖父母から聞かされた幽霊話、神話、民話、そして黒人霊歌が語り口と幻想的な要素につながりました。
ゾラ=ニール=ハーストンという1920年代の黒人女性作家における黒人の口語(ヴァナキュラー)をそのまま文学に昇華させる手法は、モリスンに影響しました。
モリスンは古典文学にも精通しており、逃れられない宿命や家族の崩壊といったテーマを扱う際、ソポクレスなどの悲劇の構造を巧みに取り入れています。独特の格調高さや預言的なトーン、象徴的な名前(ハガル、ルツなど)は、聖書からの強い影響を受けています。
奴隷制の呪い
モリスンの造語である「リメモリ」は、この小説の核となる概念です。過去の記憶は単なる思考ではなく、特定の場所に漂い続ける物理的な存在として描かれます。
主人公セシを苦しめるのは、かつて自分の手で殺めた娘の幽霊(ビラヴド)ですが、それは同時に奴隷制という過去そのものが、現在を侵食し続けていることの象徴でもあります。セシは、娘が奴隷として地獄のような日々を送るくらいならと、自らの手で娘の命を奪う道を選びました。所有物として扱われる世界で、唯一自分のものだと思える子供を守るための極端な愛です。
奴隷制は、人間から自分の体は自分のものであるという感覚を奪います。背中のムチの跡が木のように盛り上がっている描写は、痛みの記憶が肉体に刻まれていることを示します。
物語の終盤で、セシが自分こそが自分の宝物だと気づくプロセスは、他者の所有物から一人の人間へと回復する、魂の独立を意味しています。個人では抱えきれないトラウマに対し、コミュニティがどのような役割を果たすかも重要なテーマです。終盤、近隣の女性たちが集まり、歌と祈りによって悪霊を追い払う場面は、癒やしが共同体の絆によって達成されることを示唆しています。
物語世界
あらすじ
舞台は1873年、南北戦争終結後のオハイオ州。元奴隷の女性セシは、娘のデンバーと二人で、シンシナティの外れにある124号棟という家に住んでいます。
しかし、その家にはセシがかつて自ら喉を切り裂いて殺した名前のない赤ん坊の幽霊が取り憑いており、不気味な赤ん坊の怒りが家を揺らし、男たちを追い出し、家族を孤立させていました。
ある日、セシの奴隷仲間だったポール=Dが家を訪ねてきます。彼は家から幽霊を追い払い、セシと新しい生活を始めようとします。
ところが、その直後、家の前の切り株に「ビラヴド(愛される者)」と名乗る、言葉もたどたどしい不思議な若い女性が座っていました。彼女はセシの娘の墓石に刻んだ唯一の言葉と同じ名前を持っていました。セシは彼女を殺した娘の再来だと確信し、家に迎え入れます。
かつてセシは「甘い家(スウィート・ホーム)」という農園から命がけで脱走しました。しかし、追っ手(教員)が彼女を捕まえに来たとき、子供たちを再び地獄のような奴隷の境遇に戻さないため、彼女はもっとも残酷で、彼女なりの究極の愛である殺害を決行したのでした。
ビラヴドはセシの愛と罪悪感をエサにするように、次第にセシを精神的・肉体的に追い詰めていきます。セシは過去に飲み込まれ、衰弱していきますが、それを見かねた近隣の黒人女性たちが立ち上がります。
彼女たちの力強い歌と祈りによってビラヴドは姿を消し、セシはポール=Dの助けを借りて、ようやく自分自身の人生を歩む一歩を踏み出すところで物語は幕を閉じます。




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