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デュ=ガール『チボー家の人々』解説あらすじ

デュガール
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始めに

 デュ=ガール『チボー家の人々』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

デュガールの作家性

デュガールが心酔していたのがトルストイです。トルストイの『戦争と平和』のような、個人の運命と歴史の奔流を同時に描き出す壮大なスケールに衝撃を受けました。登場人物を作者の主観で裁くのではなく、冷徹なまでに客観的に描写する手法は、代表作『チボー家の人々』に色濃く反映されています。


​ ​小説の形式と文体において、フローベールからも大きな影響を受けました。​同様にバルザックの写実主義にも刺激を受けました。


​ アンドレ=ジイドは​相互批判による深化の相手です。二人は30年以上にわたって膨大な往復書簡を交わし、文学観をぶつけ合いました。​ジイドの奔放で主観的なスタイルに対し、デュガールは常に客観性を対置させました。

親子の対立。兄弟の対比

 物語の前半を支配するのは、家長オスカル=チボーとその息子たちの確執です。カトリックの厳格な道徳観を押し付ける父と、そこから逃れようとする次男ジャックの対立は、19世紀的な古い価値観が崩壊していく過程を象徴しています。

 「静」のアントワーヌと「動」のジャックという​対照的な兄弟の生き方を通じて、人間はどう生きるべきかという問いが投げかけられます。アントワーヌ(長男)は現実主義的な医師で、社会のシステムの中で着実に責務を果たし、科学と理性を信じて生きる「既存秩序の中の良心」です。​ジャック(次男)は理想主義的な革命家で、社会の不条理を許せず、放浪と情熱の中に真実を求め、最後には戦争阻止のために命を懸ける反逆の魂です。

 ​物語の後半、テーマは一家族の問題から歴史との対決へと拡大します。1914年の第一次世界大戦へと突き進むヨーロッパの数日間が、分刻みの緊密さで描かれます。どれほど個人が平和を願い、社会主義者が連帯を訴えても、時代の奔流を止められない絶望感が描かれています。


  ジャックが命を辞して行おうとした反戦工作の結果死んだことはは、個人の理想が巨大な国家機構の前にいかに無力であるかを突きつけます。

物語世界

あらすじ

第1部 灰色のノート (Le Cahier gris):14歳のジャック=チボーと、親友のダニエル・ド=フォンタナンが交わしていた秘密の交換日記「灰色のノート」が学校で没収されることから物語は始まります。同性愛的なニュアンスすら疑われる厳しい糾弾に耐えかねた二人は、自由を求めてマルセイユへ逃亡します。ジャックはアフリカへ渡る夢を見ますが、現実は甘くなく、警察に補導されます。チボー家はカトリックの権威主義的で閉鎖的な家庭、一方のダニエルの家(フォンタナン家)は、浮気性の父に悩まされつつも、母がプロテスタント的な自由で慈愛に満ちた教育を施す家庭です。この二つの家庭の精神的断絶が、物語全体のベースとなります。


第2部 少年監獄 (Le Pénitencier):補導されたジャックに対し、父オスカルは「矯正」という名の下に、自らが運営する更生施設「アンセム」への監禁を命じます。施設では他者との接触を一切禁じられ、独房で過ごす日々。あんなに情熱的だったジャックは、精神的に追い詰められ、従順だが生気のない死んだ魂へと変貌していきます。医学生の兄アントワーヌが施設を訪れ、その惨状に愕然とします。これは教育ではなく破壊だと確信した彼は、父に猛抗議し、自分の監視下で生活させるという条件でジャックを奪還します。


第3部 美しき季節 (La Belle Saison):ジャックが自由を取り戻し、パリが平和を謳歌していた1910年の夏を描きます。ジャックはダニエルの妹ジェニーと再会します。お互いに惹かれ合いながらも、ジャックの繊細さとジェニーの頑なさが衝突し、純粋すぎるがゆえの葛藤が描かれます。 一方、アントワーヌは年上のユダヤ人女性ラシェルと激しい恋に落ちます。しかし、彼女にはアフリカにいる愛人との奇妙な因縁があり、最終的に彼女はアントワーヌの前から姿を消します。この失恋がアントワーヌを「仕事に生きる男」へと変えていきます。


第4部:診察 (La Consultatio):物語は一時的にドラマを離れ、有能な開業医となったアントワーヌのある一日を克明に追います。 朝から晩まで、押し寄せる患者たち。貧富の差、難病、倫理的ジレンマが描かれます。アントワーヌは、感情や宗教に頼らず、科学と理性こそが世界を救うと信じます。しかし、その完璧な日常の裏で、弟ジャックが再び失踪したという事実が彼の心をかき乱します。

第5部 ソレリーナ (La Sorellina):行方不明だったジャックの居場所を突き止めるまでを描きます。アントワーヌは、ある雑誌に掲載された『ソレリーナ』という短編小説を見つけます。そこには、チボー家を思わせる歪な家族の姿が描かれていました。筆名が弟の変名であることを確信した彼は、スイスのジュネーヴへ向かいます。そこで再会したジャックは、かつてのひ弱な少年ではなく、国際社会主義運動(第二インターナショナル)の闘士となっていました。体制を維持しようとする兄と、体制を破壊しようとする弟。二人の思想的な決裂が明確になります。

第6部 父の死 (La Mort du père):一家の独裁者だった父オスカルが、重い病に倒れます。腎不全(尿毒症)による父の悶絶と、肉体が腐敗していくプロセスが、アントワーヌの冷静な観察眼によって冷徹に描かれます。父の死後、ジャックとアントワーヌは父の秘密の手紙を発見します。そこには、非情な教育者の仮面の下で、息子たちの愛を渇望し、自らの罪悪感に苦しんでいた一人の人間の姿がありました。二人は父を憎みきれなくなり、過去の呪縛から解放されます。

第7部 1914年夏 (L’Été 1914):1914年7月のサラエボ事件から開戦までを、ほぼリアルタイムで追います。ヨーロッパ中が熱狂的な愛国心に染まる中、ジャックは国境を越え、労働者のゼネストで戦争を止めろと必死に訴えます。しかし、平和を誓った同志たちも次々と国家の要請(ナショナリズム)に屈していきます。戦争を止める術を失ったジャックは、開戦の朝、ビラを撒くために空へ飛びますが、墜落。彼はフランス兵に正体不明の男として、その場で射殺されます。彼の情熱的な死は、歴史の教科書には載らない虚しいものでした。

第8部 エピローグ (Épilogue):1918年、戦争末期。すべてが終わろうとしている時期の物語です。軍医として最前線で戦ったアントワーヌは、毒ガスを浴び、肺を損傷して死を待つ身となります。彼は南仏の療養所で、ジャックの忘れ形見(ジェニーとの間にできた息子ジャン=ポール)のために、自らの思想を書き残します。アントワーヌは死の直前まで、自分の呼吸が止まる瞬間までを日記に記録し続けます。彼は個人の生が消えても、その記録と次世代があれば、人類の歩みは止まらないと信じて、静かに、しかし誇り高く筆を置きます。

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