始めに
ジョン=ファウルズ『魔術師』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ファウルズの作家性
ファウルズは自身の思想の根底に実存主義を置いていました。特に『魔術師』や『フランス軍中尉の女』では、登場人物が自らの自由と選択に向き合うプロセスが描かれています。トマス=ハーディからは、自然描写と社会的な抑圧、そして運命に翻弄される人間の描き方を学びました。
またユングの分析心理学はファウルズのキャラクター造形に決定的な影響を与えました。
シェイクスピア『テンペスト』は、ファウルズの創作におけるモデルでした。『魔術師』は、ある種の島の中で隠遁者が仕掛ける心理的ゲームという点で、現代版『テンペスト』と言えます。『コレクター』においても、登場人物の名前に「ミランダ」と「フェルディナンド」を引用し、支配と被支配の関係を投影しています。
アラン=フルニエ『グラン・モーヌ』は、ファウルズにとって非常に重要な一冊でした。失われた魔法のような場所を追い求めるというテーマは、ファウルズの作風に漂うミステリアスで幻想的な雰囲気の源泉となっています。
神の遊戯
物語の核となるのは、謎の富豪コンキスが主人公ニコラスに仕掛ける神の遊戯です。ニコラスは島で次々と演じられる奇妙な劇に巻き込まれ、何が真実で何が嘘なのかを見失います。
ファウルズは実存主義の影響を強く受けています。主人公ニコラスは、他者に対して無責任で冷淡な現代の若者として登場します。コンキスによる試練は、彼に自ら選択し、その結果に対して責任を負うという真の自由を学ばせるための教育的な側面を持っています。ギリシャの孤島という閉鎖空間での体験は、ニコラスが未熟な自己を脱ぎ捨てるための儀式といえます。
コンキスという魔術師が、他人の人生をどこまでコントロールできるか、あるいはコントロールすべきかという倫理的問いも含まれています。操作される側(ニコラス)の心理的抵抗と、操作する側(コンキス)の冷徹な知性の対立は、教育、芸術、そして神と人間の関係性のメタファーでもあります。
物語の最終的な焦点は、ニコラスの恋人アリソンとの関係に集約されます。ニコラスは、コンキスの高度な知的ゲームに没頭するあまり、目の前の生身の人間(アリソン)に対する共感や誠実さを忘れてしまいます。最後に彼が突きつけられるのは、知的な謎解きではなく、一人の人間としてどう生き、誰を愛するかという選択です。
物語世界
あらすじ
主人公のニコラス=アーフェは、オックスフォード大卒の冷笑的で退屈した青年です。ロンドンでの生活や、恋人アリソンとの関係に行き詰まりを感じた彼は、それらから逃れるようにギリシャのフラクソス島にある学校の英語教師の職に就きます。
島で孤独に苛まれていたニコラスは、島の外れにある別荘「ブーラニ」の主、モーリス=コンキスという謎めいた富豪と出会います。コンキスは自らを心理学者や演出家のように振る舞い、ニコラスを奇妙な体験へと誘い込みます。これが神の遊戯の始まりです。
ブーラニでは、ニコラスの理解を超える出来事が次々と起こります。第二次世界大戦の亡霊や、神話の登場人物が目の前に現れるたりもします。
コンキスの傍らにいる美しい女性リリー(ジュリー)は自分を過去から来た人間だと言ったり、あるいは強制されている女優だと言ったりと、正体を二転三転させ、ニコラスを翻弄します。
その最中、ロンドンに残してきたアリソンが自殺したという報せが届き、ニコラスは罪悪感と混乱の極致に叩き込まれます。
最後、ニコラスは拉致され、コンキスとその一味による「裁判」にかけられます。そこでは、ニコラスがこれまでいかに自己中心的で、他人の感情を軽視してきたかが暴かれます。彼は観客ではなく、教育されるべき傲慢な被験者に過ぎなかったことが判明します。コンキスの仕掛けた大がかりな演劇は、ニコラスの虚飾を剥ぎ取るための残酷なセラピーでした。
島での「遊戯」が終わり、コンキスたちは姿を消します。ロンドンに戻ったニコラスは、死んだはずのアリソンが生きていることを知ります。
ニコラスは、自分がまだ試されているのか、それとも解放されたのか確信が持てないまま、最後の選択を迫られます。
物語は、ニコラスがアリソンと向き合う緊迫した場面で、読者にその先を委ねる形で幕を閉じます。




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