始めに
キングスリー=エイミス『ラッキー=ジム』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
背景知識、語りの構造
イギリスの小説家、詩人であるキングスリー=エイミスは、戦後イギリス文学を代表する「怒れる若者たち」や「ザ・ムーヴメント」の旗手として知られています。
フィリップ=ラーキンはエイミスにとって盟友です。オックスフォード大学時代からの親友で、二人は当時の気取った文学的ポーズを嫌う価値観を共有していました。またエイミスはキャリアの初期、詩人として出発しており、オーデンの技巧的な詩風に強く惹かれていました。
P.G. ウッドハウスの喜劇、ウォーの風刺も、エイミスに影響しました。オーウェルの素朴な散文からも感化されています。フィールディングの『トム・ジョーンズ』のような、ピカレスク小説的な要素も影響しています。
ほかにもハインライン、イアン=フレミングからも影響があります。
ピカレスク
本作はピカレスクのモードを踏まえる内容です。
ピカレスクはスペインの文学ジャンルで、特徴としては自伝的な記述の一人称で書かれます。社会的地位が低いアウトローの主人公が機転を利かせて立ち回る、小エピソード集の形式です。平易な言葉やリアリズム、風刺などがしばしば見えます。「悪漢小説」と訳されるものの、ピカレスクの主人公が重大な犯罪を犯すことは少なく、むしろ世間の慣習や偽善に拘束されない正義を持ったアウトローとして描かれやすいです。主人公は性格の変化、成長はあまりしません。
本作も、ジムの視点から世俗の偽善を風刺します。
ロマン主義的テーマ
テーマは、中身のないインテリ文化への嫌悪です。主人公のジム=ディクソンは、中世史の講師でありながら、実は自分の研究分野に全く興味がありません。
上司のウェルチ教授に代表される古い知識階層が好む、気取った話し方、退屈なマドリガル(合唱曲)、教養をひけらかす態度を、ジムは心の底から軽蔑しています。ジムは人前では愛想笑いを浮かべながら、一人の時には鏡に向かって激しい変顔をします。偽善的な社会に適応せざるを得ない若者の、ささやかな、しかし切実な反抗の象徴です。
第二次世界大戦後のイギリスでは、教育改革により、エリートではない層にも大学教育の門戸が開かれました。オックスフォードやケンブリッジといった伝統校ではなく、地方のレッドブリック大学を舞台にしている点が重要です。ジムは特権階級出身ではなく、実力と運でその地位を掴もうとする新しい労働者・中流階級の代表です。彼が感じる場違い感や不当な扱いへの怒りが描かれます。
ジムは、自分が嘘をついて生きていることに苦しんでいます。物語の終盤、酒に酔った勢いも手伝って、彼は公開講義でついに本音をぶちまけます。この破滅を覚悟した上での正直さが、結果として彼を救うことになります。
義務感で付き合っていた情緒不安定な同僚マーガレットから、本当に惹かれているクリスティーンへと心が動く過程も、偽りの自分を捨てて真実を選ぶプロセスとして描かれています。
伝統的な小説では、主人公は努力や美徳によって成功を収めます。しかし、ジムは失敗を重ね、クビになりかけ、酔っ払って失態を演じます。最後に彼が幸運を掴むのは、彼が立派だったからではなく、偽善を捨てて爆発したからです。これは、真面目に偽善を演じるよりも、正直な失敗者である方がマシだと描かれます。
物語世界
あらすじ
主人公のジム=ディクソンは、イギリスの地方大学で歴史学の臨時講師をしています。彼は今の仕事も、中世史という専門分野も、そして何より退屈で独善的な上司のウェルチ教授も大嫌いです。しかし、任期を更新してもらうためには、教授に媚を売り、気に入られなければなりません。
ある週末、ジムは点数稼ぎのためにウェルチ教授の家で開かれるパーティーに招かれます。しかし、そこで大失敗を連発します。慣れない文化的な会話に耐えられず、酒を飲みすぎる。タバコの不始末で、客間のベッドシーツと毛布を焼き焦がす。教授の息子で鼻持ちならない芸術家気取りのベルトランと対立する。
そんな中、ジムはベルトランの連れてきた美女クリスティーンに密かに惹かれ始めます。
ジムには、情緒不安定な同僚の女性マーガレットとの腐れ縁がありました。彼女は狂言自殺を仄めかしてジムを繋ぎ止めようとし、ジムはその罪悪感から逃れられずにいます。嫌いな仕事、嫌いな上司、そして義務感だけの恋愛。ジムのストレスは爆発寸前まで溜まっていきます。
大学での公開講義「古き良きイングランド」です。これを成功させればクビを免れるという大事な場面でしたが、緊張とヤケクソからジムは本番前に大量に飲酒してしまいます。
登壇したジムは、最初は真面目に話そうとしますが、酔いが回るにつれて教授の物真似を始め、大学の権威をこき下ろし、最後にはステージで気絶してしまいます。
当然ながら大学を解雇されたジム。しかし、物語はタイトル通り「ラッキー」な方向へ転がります。彼の正直さと飾らない人柄を気に入ったクリスティーンの叔父である大富豪から、ロンドンでの高給な秘書の仕事を提供されます。さらに、クリスティーンとも結ばれることになり、彼は忌々しい大学生活に別れを告げ、意気揚々とロンドンへ向かうのでした。




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