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デーブーリン『ベルリン・アレクサンダー広場』解説あらすじ

デーブーリン
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始めに

 デーブーリン『ベルリン・アレクサンダー広場』解説あらすじをかいていきます。

背景知識、語りの構造

デーブーリンの作家性

 デーブーリンはモダニズムから強い刺激を受けています。​ジョイス『ユリシーズ』と本作はよく比較されます。意識の流れや都市の喧騒を多層的に描く手法において共通点があります。


​ ホイットマンのロマン主義からは刺激がありました。


 ​F.T. マリネッティなど、初期のデーブーリンは未来派の形式主義やロマン主義に共鳴しました。
 ​ホメロスなど古典的な叙事詩の影響も大きいです。


​ ニーチェの生の哲学や既成概念への疑いからも刺激されています。カント哲学からも影響が大きいです。またデーブーリンは現役の精神科医であり、フロイトなど精神分析の知見は、登場人物の心理描写の下地です。

モンタージュと都市と人

 主人公フランツ=ビーバーコップは、刑務所を出たあとまっとうな人間になると誓います。しかし、彼は何度も不運や裏切りに遭い、最終的にはどん底まで突き落とされます。


 ​「ハンマーの一撃」という作中で繰り返される表現は、個人のささやかな決意など簡単になぎ倒してしまう運命の暴力性を象徴しています。​ビーバーコップは自分を強い人間だと思い込んでいましたが、実は巨大な力の前では無力であることを学ばされます。

 デーブーリンは、当時の流行歌、統計データ、広告、裁判記録、聖書の一節などを物語に混入させました。これにより、個人の物語が都市という巨大な機構の一部に過ぎないことが強調されます。 建設の音、電車の騒音、大衆のざわめきなど、都市は生き物のように鼓動し、人々を飲み込み、吐き出していく冷徹な装置として描かれています。

再生の神話

 物語の終盤、ビーバーコップは精神病院で死の淵をさまよいます。彼がそれまで固執していた自分というエゴが徹底的に破壊されます。古い自分を殺し、運命に抗うのをやめ、世界の一部として歩み出すことで、彼はようやく新しい人間として再生します。


​ デーブーリンは、現代のベルリンという世俗的な舞台に、あえてヨブ記や黙示録(大淫婦バビロン)、アブラハムの犠牲といった神話的エピソードを重ね合わせています。​これにより、一介の労働者の転落劇が神話的な受難の物語としての重みを持つようになります。

物語世界

あらすじ

 主人公フランツ=ビーバーコップは、かつての恋人を殺した罪で刑務所に服役していました。出所した彼は、ベルリンアレクサンダー広場の喧騒の中で今度こそまっとうに生きるんだ、と誓います。
 

 しかし、前科者にとって都会は冷酷です。露天商や新聞売りなどをして必死に働きますが、孤独と社会の不条理が彼を追い詰めます。


 ​そんなフランツの前に現れたのが、狡猾な犯罪者ラインホルトです。フランツはラインホルトの泥棒仲間に引き入れられ、逃走中に車から突き落とされて右腕を失うという惨劇に見舞われます。

 右腕を失った絶望から、彼はまっとうに生きるという誓いを捨て、暗黒街の仕事にどっぷりと浸かっていきます。

 ​どん底のフランツを救ったのは、娼婦のミーゼでした。二人は深く愛し合い、フランツは束の間の幸福を味わいます。

 しかし、ラインホルトの邪悪な執念が二人を切り裂きます。ラインホルトはミーゼを誘い出し、彼女を殺害して森に遺棄しました。
 
​ ミーゼの死を知ったフランツは、殺人容疑をかけられたことも重なり、精神を病んで拘留されます。

 精神病院での死の淵、彼は「死の神」と対話するような幻想的な体験をします。ここで、これまでの傲慢だった自分、一人で強がっていた古いフランツが精神的に死を迎えます。

 回復した彼は、以前のような力任せに生きる男ではなく、思慮深く謙虚な男へと生まれ変わります。最終的に、フランツは工場の夜警員として地味ながらも堅実な仕事を得ます。

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