始めに
デュラス『ロル・V・シュタインの歓喜』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
デュラスの作家性
デュラスが最も初期に影響を受けたのがスタンダールです。登場人物が抱く情熱や、心理描写、ロマン主義はスタンダール譲りと言えます。
ヘミングウェイからは、ハードボイルド風の端正な描写に影響が見えます。プルーストからは代表作『ラマン(愛人)』に見られるような、過去と現在が混濁し、記憶の断片を繋ぎ合わせる手法における影響が見えます。
またデュラスはアラン=ロブグリエらを中心としたヌーヴォーロマンの運動に一時的に身を置き、影響されます。
ロルの新たな欲望
物語の核心となるのは、南仏の保養地T=ビーチのダンスホールで起きた出来事です。主人公のロル=V=シュタインは、婚約者のマイケル=リチャードソンとともにその夜の舞踏会に参加していました。しかし、そこにアンヌマリー=ストレッターという年上の女性が現れた瞬間、すべてが一変します。マイケルはアンヌ=マリーに一瞬で心を奪われ、婚約者であるロルを置き去りにして彼女と踊り続けます。ロルはその様子をただじっと見つめていました。彼女は泣き叫ぶことも怒ることもなく、ただ二人のダンスを、夜が明けるまで凝視し続けたのです。この時、ロルの心の中に「空虚」が生じ、彼女の精神は決定的に変容してしまいます。
それからロルにとっての生きることは、自分が主体となって愛することではなく、他者の情事を見つめる第三者」になるりました。彼女は自分が愛の当事者になることを拒絶し、あえて不在の場所に身を置きます。
ライ麦畑から窓越しにジャックとタチアナを見つめる行為は、彼女にとっての存在の証明であり、T=ビーチの夜に奪われた自分を取り戻す唯一の儀式なのです。
タイトルの意味
タイトルの「歓喜(Ravissement)」には、フランス語で二つの意味が込められています。「うっとりとした恍惚、喜び」と「奪い去ること、強奪」です。
ロルは婚約者をアンヌ=マリーに奪い去られたことで、精神の核心を失いました。しかし同時に、その空虚の中に、世俗的な苦しみから解放された恍惚を見出します。彼女にとっての幸福とは、満たされることではなく、徹底的に空っぽになることなのです。
ロルの欲望は、直接的なものではありません。彼女はジャックを愛しているのではなく、タチアナが愛しているジャックを必要としています。
物語世界
あらすじ
物語の核心となるのは、南仏の保養地T=ビーチのダンスホールで起きた出来事です。主人公のロル=V=シュタインは、婚約者のマイケル=リチャードソンとともにその夜の舞踏会に参加していました。しかし、そこにアンヌマリー=ストレッターという年上の女性が現れた瞬間、すべてが一変します。マイケルはアンヌ=マリーに一瞬で心を奪われ、婚約者であるロルを置き去りにして彼女と踊り続けます。ロルはその様子をただじっと見つめていました。彼女は泣き叫ぶことも怒ることもなく、ただ二人のダンスを、夜が明けるまで凝視し続けたのです。この時、ロルの心の中に「空虚」が生じ、彼女の精神は決定的に変容してしまいます。
その後、ロルはジャン・ベドフォードという男性と結婚し、S=タラという町で平穏な、しかし機械的な家庭生活を十年間送ります。彼女は三人の子供を育て、完璧な主婦として振る舞いますが、その内面には常に、あの舞踏会の夜に置き去りにされた欠落が横たわっていました。彼女にとっての「歓喜(ラヴィスマン)」とは、単なる喜びではなく、自分という存在が奪い去られ、空っぽになるような恍惚とした忘我の状態を指しています。
ある日、ロルは街で偶然、女友達のタチアナ=カールとその愛人ジャック=ホールド(この物語の語り手)を見かけます。タチアナは、かつてあの舞踏会の夜、ロルのそばに寄り添っていた友人でした。ロルは彼らの後をつけ、二人が密会するホテルを突き止めます。しかし、ロルの目的はジャックを奪うことでも、不倫を暴くことでもありませんでした。彼女はホテルの向かいにあるライ麦畑に身を潜め、窓越しに愛し合う二人を「見つめる」ことに没頭します。
ロルはジャック=ホールドと接触し、彼を誘惑しますが、それは彼との愛を求めてのことではなく、彼をタチアナのもとへ送り出し、その情事を自分が外から見つめるという、T=ビーチの夜の再現を求めてのことでした。彼女は自分が不在の場所で繰り広げられる情事の第三者となることで、かつての喪失を再体験し、その空虚の中に安らぎを見出そうとします。
ロルとジャックは二人で、すべての始まりの地であるT=ビーチを再訪します。かつてのダンスホールは閉鎖され、荒廃していましたが、ロルはそこで過去の記憶をたどり、再び深い眠りに落ちます。彼女の狂気は、もはや日常の中に完全に溶け込んでいました。
S=タラに戻った後、物語は再びライ麦畑のシーンで終わります。ジャックはタチアナとの密会を続けていますが、そのすぐそばの畑には、泥に汚れ、草の中に横たわってじっと窓を見つめるロルの姿がありました。彼女は永遠に埋まることのない欠落を抱えたまま、他者の欲望の影として、その「歓喜」の淵に留まり続けるのです。




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