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ルクレジオ『大洪水』解説あらすじ

ル=クレジオ
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始めに

 ルクレジオ『大洪水』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ルグレジオの作家性

 ルクレジオは、ロマン主義的な、既存の小説の枠組みを壊すような作家たちに強く惹かれていました。


 ​仏文学では、ロートレアモンからは、内的世界の混沌について影響されました。アンリ=ミショーからも、意識の内面や内なる旅を描く手法において影響を受けています。​スタンダールからも心理劇について影響があります。またランボー、ブランショの内的混沌からも影響が見えます。


​ 他にも英米文学ではスティーヴンソン、サリンジャー、ジョイスの影響があります。サリンジャーは都会の孤独や、若者の純粋な魂を描く点において共鳴しています。ジョイスは言語の実験的な側面、内的混沌について影響があります。

タイトルの意味

 フランソワ=ベッソンが街を彷徨う13日間、彼は押し寄せる情報の渦に飲み込まれます。


​ 絶え間ない車の騒音、ネオンの光、あちこちに溢れる広告などが「洪水」のように人間に襲いかかり、個人の精神を浸食していく様が描かれます。文明が作り出した無機質な物質が、人間本来の感覚を麻痺させていくプロセスを、執拗なまでの緻密な描写で表現します。


 ​街に溢れる言葉は単なる記号となり、人間同士の真の対話を妨げるノイズと化しています。そんななか、意味を剥ぎ取られた音そのものや、言葉が沈黙に変わる瞬間に、唯一の救いを見出そうとしています。

存在の苦悩。見ることの拒絶

​ ​物語は、ベッソンがある少女の死についての告白を録音テープで聴くところから始まります。13日間という期限付きの彷徨は、そのまま世界が崩壊していく過程のカウントダウンになっています。晴れ渡った空や賑やかな通りといった日常の風景の裏側に、常に「死」や「無」が口を開けているという恐怖が通奏低音として流れています。
​ 
 ​この作品の最も衝撃的なテーマは、「見すぎること」による拒絶です。主人公は世界をあまりにも詳細に、あまりにも鮮明に見ようとします。その結果、感覚が飽和状態に達し、最終的に彼は太陽を直視することで自ら視力を失うことを選びます。これは絶望であると同時に、あまりに醜悪で過剰な「文明の光」を拒絶し、内なる静寂を手に入れるための儀式的な行為として描かれています。

物語世界

あらすじ

 フランソワ=ベッソンはある日、偶然耳にした録音テープから、死を間近に控えた少女アンナの絶望的な告白を聞いてしまいます。この出来事をきっかけに、彼の平穏だった日常には決定的な亀裂が入り、彼は自らの意志で住み慣れた家を捨て、燃え盛るような太陽が照りつける現代都市の只中へと彷徨い出します。ここから、彼の13日間にわたる、破滅へと向かう過酷な彷徨が始まります。

 ​彼が歩く都市は、車、広告、機械音、そして無数の人々の欲望が渦巻く、洪水の真っ只中として描かれます。かつての神話的な大洪水が水による浄化であったのに対し、ベッソンが直面するのは、物質と感覚が飽和状態となった現代文明そのものによる窒息です。

 彼は街角で娼婦と会い、見知らぬ人々と会話を交わし、教会で神父に冷笑的な問いを投げかけますが、どこにも救いを見出すことはできません。世界はあまりにも残酷なほどに明晰で、意味を失った物体の集積として彼の目に映ります。

 ​ベッソンの精神状態は、日を追うごとに極限まで研ぎ澄まされ、同時に崩壊へと近づいていきます。彼は自分を取り囲むすべて、つまり太陽の熱、コンクリートの照り返し、街を埋め尽くすガラクタの一つひとつを、まるで呪いのように克明に意識し続けます。

 ​彷徨の果て、もはや耐えがたいほどの光に打ちのめされたベッソンは、ある究極の行動に出ます。彼はあえて太陽を直視し続け、自らの視力を奪うことで、暴力的なまでに視覚的なこの世界を拒絶しようとします。全編を貫く強烈な光の描写は、最後には絶対的な闇へと反転し、彼は外界との接続を断ち切った静寂の中で、ようやく「大洪水」から逃れた安らぎのような地点に辿り着きます。しかしそれは、社会的な死、あるいは魂の完全な枯渇を意味する、あまりにも孤独な到達点でもありました。

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