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鴎外『高瀬舟』解説あらすじ

森鴎外
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はじめに

鴎外『高瀬舟』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造

高踏派の作家

 森鴎外は、高踏派の作家とされています。

 これは“l’école parnassienne”の,上田敏の訳語で『現代高踏詩集』(Le Parnasse contemporain)の詩人のことです。芸術のための芸術たる芸術至上主義を唱道したゴーティエとルコント・ド・リールの下に詩人が集い、この詩華集が刊行されたのでした。

 鴎外もこうした詩人の翻訳を手がけて影響されたため、高踏派と呼ばれます。

 高踏派は傾向としてロマン主義、象徴主義の特徴があり、主知主義的な理想主義をテイストとしています。

 本作はさながら象徴主義文学のような、武士道のグランギニョルな実践を描きます

テーマ

 鴎外は「高瀬舟縁起」として、その創作背景を述べています。

この話は『翁草おきなぐさ』に出ている。池辺義象いけべよしかたさんの校訂した活字本で一ペエジ余に書いてある。私はこれを読んで、その中に二つの大きい問題が含まれていると思った。一つは財産というものの観念である。銭ぜにを待ったことのない人の銭を持った喜びは、銭の多少には関せない。人の欲には限りがないから、銭を持ってみると、いくらあればよいという限界は見いだされないのである。二百文もんを財産として喜んだのがおもしろい。今一つは死にかかっていて死なれずに苦しんでいる人を、死なせてやるという事である。人を死なせてやれば、すなわち殺すということになる。どんな場合にも人を殺してはならない。『翁草』にも、教えのない民だから、悪意がないのに人殺しになったというような、批評のことばがあったように記憶する。しかしこれはそう容易に杓子定木しゃくしじょうぎで決してしまわれる問題ではない。ここに病人があって死に瀕ひんして苦しんでいる。それを救う手段は全くない。そばからその苦しむのを見ている人はどう思うであろうか。たとい教えのある人でも、どうせ死ななくてはならぬものなら、あの苦しみを長くさせておかずに、早く死なせてやりたいという情じょうは必ず起こる。ここに麻酔薬を与えてよいか悪いかという疑いが生ずるのである。その薬は致死量でないにしても、薬を与えれば、多少死期を早くするかもしれない。それゆえやらずにおいて苦しませていなくてはならない。従来の道徳は苦しませておけと命じている。しかし医学社会には、これを非とする論がある。すなわち死に瀕ひんして苦しむものがあったら、らくに死なせて、その苦を救ってやるがいいというのである。これをユウタナジイという。らくに死なせるという意味である。高瀬舟の罪人は、ちょうどそれと同じ場合にいたように思われる。私にはそれがひどくおもしろい。
 こう思って私は「高瀬舟」という話を書いた。『中央公論』で公にしたのがそれである。

 よって「知足」と「安楽死」というのが一般的な理解です。とはいえ、作品を見てみると、「知足」のテーマはやや希薄で、安楽死が中心的なテーマになっているように見受けられます。

 他方で、財産が人を狂わせる、という要素は作品に若干あり、私利私欲のために殺しをするのではなく、喜助の弟は兄を気遣って金のために自殺をしようとして失敗し、そのために兄に弟殺しの罪を背負わせることになってしまいます。

物語世界

あらすじ

 京都の罪人を遠島に送るために高瀬川を下る舟に、弟を殺した喜助という30歳ほどの男が乗せられます。喜助には同乗する親類もなく独りですが、役人を敬い、罪人らしくない静かな男です。護送役の同心である初老の羽田庄兵衛は、喜助が晴れやかな顔をしていることを不思議に思い、訳を尋ねます。

 喜助は京都での生活で仕事を見つけるのに苦労し、見つけた仕事は一生懸命に働き、なんとか食べていけるだけの金銭で満足し、牢屋を出る時に支給された二百文の金銭を有り難く感じます。その二百文は貯蓄し、遠島でも真面目に働こうとします。

 喜助の両親は、喜助が幼い頃に流行病で亡くなり、それ以来喜助と弟は近所の人の助けを得て、大人になると2人で助け合って働きます。しかし弟が病気になり、弟は兄1人に負担をかけていることを後ろめたく思います。

 ある日、喜助が帰宅すると弟が布団の上で血だらけになっていました。弟は自分の喉笛に剃刀を当てて死のうとしたものの、刃を深く突き刺したそうです。剃刀を抜いてくれれば死ねるだろうから、抜いてくれと弟に頼まれた喜助は医者を呼ぼうとするものの、弟は「苦しい、早く抜いてくれ、頼む」と恐ろしい顔で催促します。

 観念した喜助は剃刀を抜きます。その時にちょうど近所の婆さんが戸口から入り、剃刀を手にした喜助を目撃し、その後に喜助は役所に連れていかれたのでした。

 喜助は奉行の判断で殺人罪となり遠島送りとなるものの、庄兵衛は喜助の話を聞いて、それが罪なのか分からないのでした。

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