はじめに
コンラッド『ロード=ジム』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
船員としてのキャリア
コンラッドの創作の背景に船員としてのキャリアがあります。
1873年にルヴフのギムナジウムに通うものの、健康上の理由で進級できず、伯父に船乗りになりたいという希望を伝えます。やがてそのつてからマルセイユへ渡って、フランス商船の船員となります。西インド諸島のマルチニックなどへ航海し、時にコロンビアやベネズエラに密輸物質の運搬にも関わります。その後密貿易への投資話に騙され、モンテカルロで賭博に手を出して一文無しになり、自殺未遂があります。
1878年、流刑囚の子に課されるロシアの兵役を忌避したと見なされてフランス船には乗れなくなり、英国船に勤務し、マルタ島、イスタンブール、アゾフ海などを経て、イギリス本土のサフォーク州ロースロフトに着き、石炭運搬船に乗り込み、ロンドンの訓練学校に通って二等航海士の資格を得て、インド、シンガポールなどに航行します。
1884年には一等航海士の試験に合格、1886年には船長試験に合格し、イギリス国籍を取得します。
コンラッドは1891-93年にトレンズ号の一等航海士としてロンドンからアデレードまで2度航海します。1889年に帰国して『オルメイヤーの阿房宮』の執筆を始めます。
リヴィングストンやスタンリーの探検によりアフリカへの注目が集まると、1890年にベルギーの象牙採取会社の船の船長となり、コンゴ川就航船に乗り、さらに陸路でレオポルドヴィルまで行き、別の船でキサンガニに到達するものの、病により1891年にブリュッセル経由でロンドンに戻ります。また痛風、神経痛、マラリアで数ヶ月入院し、伯父のアドバイスに従ってスイスの温泉で療養、その後は旅客船での仕事など、船員以外の仕事をします。1893年にオーストラリアとニュージーランドから戻る船に、ジョン=ゴールズワージーとエドワード=ランスロット=サンダーソンの二人の若いイギリス人がいて親しくなります。
このような経験から、創作を手掛けたコンラッドでした。
モダニズム、リアリズム
コンラッドはゴールズワージー、F=M=フォード、H=ジェイムズ、フローベール、ド―デ、モーパッサンの影響を受けました。
ゴールズワージーの社会階級や人間関係を冷静に描くリアリズムは、コンラッドの観察力や人間社会の構造的な描写と重なります。
フォード・マドックス・フォードはモダニズムの作家で、叙述技法や視点操作の工夫において影響されます。
ヘンリー=ジェイムズもモダニズムにつながるリアリズム作家で、『ねじの回転』などの非線形の実験的語りをコンラッドも展開するようになります。
フローベールのリアリズム、写実主義からも影響が大きいです。
モーパッサンの自然主義の文明批評、語りの工夫はコンラッドに影響しています。
物語世界
あらすじ
怪我から回復中のジムは、紅海の港へ800人のムスリムを輸送する汽船、SS パトナ号の乗組員に一等航海士として採用されます。
数日間は順調に航行していたものの、夜中に船が何かに衝突し、隔壁が水面下で膨らみ始めます。グスタフ船長は船が沈没すると思い、ジムも同意見だったものの、そうなる前に乗客を数少ないボートに乗せたいと考えます。船長と他の二人の乗組員は、自分たちが助かることだけを考え、ボートを降ろす準備をします。操舵手は、他に指示が出ていないため、そのまま残りました。
結局、土壇場でジムは船長と共にボートに飛び乗ります。数日後、彼らは出港中の汽船に拾われます。港に着くと、パトナ号と乗客はフランス海軍の船の乗組員によって無事に運ばれたことを知ります。
船長が船と乗客を放棄した行為は法に反し、乗組員は公然と非難されます。治安判事裁判所の開廷前に他の乗組員たちが町を去ると、証言台に立つ乗組員はジムだけとなります。裁判で全員が航海免許を失うことになります。裁判の陪審員を務めていた、評判の高い船長のブライアリーは、裁判の数日後に不可解な自殺を遂げたのでした。
チャールズ=マーロウ船長が裁判に出席し、ジムと出会います。マーロウはジムの行動を非難するものの、ジムに興味を持ちます。罪悪感に苛まれたジムは、マーロウに自分の恥を打ち明け、マーロウは友人の家に住まわせてもらいます。ジムはそこに受け入れられるものほ、同じく船を放棄した技師が現れたため、やがてそこを去ります。
その後、ジムは東インドの港で船舶用品店の事務員として働き、成功を収めるものの、パトナ事件の記憶が蘇り、またその場を離れます。
バンコクで、ジムは殴り合いの喧嘩になります。マーロウは、ジムには罪悪感を忘れられるようなことが必要だと気づきます。そしてマーロウは友人のスタインに相談し、スタインはジムがロマンチストだと見て、ジムにほとんどの商業活動から隔絶された離島の村 パトゥサンでの貿易代理人または代理店になるよう申し出ます。
ジムは、先住民マレー人とブギス人の居住地に入ったのに加え、盗賊シェリフ=アリの略奪から彼らを救い、腐敗した地元のマレー人族長ラジャ=トゥンク=アランから彼らを守ることで、尊敬を勝ち取ります。ジムはスタインのブギス人友人ドラミンとその息子デイン=ワリスと強固な絆を築きます。ジムのリーダーシップから、人々は彼を”トゥアン・ジム”、つまり”ロード・ジム”と呼ぶようになります。
ジムはまた、混血の若い女性ジュエルの愛も勝ち取ります。マーロウはジムがパトゥサンに到着してから2年後、一度パトゥサンを訪れ、ジムの成功を目の当たりにします。ジュエルは、父親が母親を捨てたため、ジムが留まるとは思っておらず、マーロウや他の部外者がジムを連れ去らないという安心感も抱いていません。彼女の母親は生前、スタインが彼女の利益のために代理人の役割を与えていたコーネリアスと結婚していました。コーネリアスは怠惰で嫉妬深く、残忍な男で、継娘を残酷に扱い、スタインが売りに出した物資を盗みます。コーネリアスはジムの到着によって居場所を失い、そのことで彼を恨んでいます。
悪行で悪名高い略奪船長「ジェントルマン」ブラウンは、パトゥサンに船で侵入します。わずかな乗組員は飢餓の危機に瀕しています。デイン=ワリス率いる地元の防衛隊は、略奪者たちの村への略奪を阻止し、ジムが島の奥地にいる間、彼らを塹壕に閉じ込めることに成功します。
ジムが戻ってくると、ブラウンは巧みにジムの同情を得ます。ジムはためらいがちに交渉し、パトゥサンから立ち去ることを許可するものの、川を下って海に至る長い航路は武装した者たちに守られていることをブラウンに告げます。
コーネリアスはジムを始末する好機と捉え、ブラウンにほとんどの防衛線を迂回できる迂回路を教えます。ブラウンはその航路を進み、復讐心から防衛隊を待ち伏せするために短時間停泊します。
ブラウンによりデイン=ワリスをはじめとするジムの仲間が命を落とし、ブラウンはコーネリアスを残して航海を続けます。結局ジムの部下タンブ=イタムは、裏切りの罪でコーネリアスを殺害します。
その後、ジムは親友ワリスの訃報に接し、深い悲しみに暮れます。村人を守るため、逃げようとしません。ジムにブラウンとその船を攻撃させようとしていたジュエルは、ジムに身を守り、決して自分から離れないよう懇願します。
ジムはドラミンのもとへ直行し、村の前で一人息子であるデイン=ワリスの死の責任を告白します。打ちひしがれたドラミンは、スタインから譲り受けたフリントロック式拳銃でジムの胸を撃ち抜き、殺してしまいます。
マーロウはいつものルートでシュタインの家を訪れ、この出来事の数日後にジュエルとタンブ=イタムを見つけ、何が起こったのか理解しようとします。ジュエルはシュタインの保護下に置かれるものの、シュタインは自身の死を予感させるのでした。
参考文献
・武田ちあき『コンラッド 人と文学』(2005.勉誠出版)




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