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クンデラ『冗談』解説あらすじ

ミラン=クンデラ
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始めに

 クンデラ『冗談』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ルネサンスとバロック

 クンデラはルネサンスやバロック、ロマン主義の作家からの影響が顕著です。ラブレー(『ガルガンチュアとパンタグリュエル』)、セルバンテス、スターンなどで、セルバンテス『ドン=キホーテ』やスターン『トリストラム・シャンディ』のような形式主義的実験が本作にも見えます。

 またロマン主義のルーツとなったフィールディングなどの艶笑コメディからの影響も本作に顕著です。

 また幻想文学の影響も顕著で、カフカ(『変身』)からの影響は大きいです。カフカと重なるような黒い笑いとペーソスはクンデラの特徴です。

艶笑コメディ

 本作はモラヴィア(『軽蔑』)や川端(『眠れる美女』『みづうみ』)、村上春樹(『ノルウェイの森』)などのような艶笑コメディになっています。性と愛をテーマとしながら、運命や人生についての思弁が展開されていきます。

 こうした性愛と思索を絡めるデザインは、シュルレアリズムに影響したサド(『悪徳の栄え』)の文学を思わせます。サドが好んだフィールディングは、クンデラにも影響が大きいです。

タイトルの意味

 タイトルの冗談とは、主人公のルドヴィクを失墜させた冗談です。かつてルドヴィクは颯爽としていて機知に富み、学校の人気者でした。ルドヴィクはまだ揺籃期にあった共産主義体制を支持していましたが、夏休み中、交際相手だったクラスの女子生徒にルドヴィクは冗談で手紙を書き、トロツキーを礼賛する文面を送ります。この冗談が問題になり、ルドヴィクは共産党と学校から追放されるのでした。

 そして、ルドヴィクは、あるとき知り合ったヘレナ=ゼマーンコヴァが自分を学校と共産党から追放させたゼマネクの妻だと知って、彼女を寝取ることで復讐しようとします。しかし二人の仲はすでに冷え切り、ゼマネクには愛人がいたので、何の復讐にもならなかったのでした。

 このように「冗談」は、作中の運命による悲喜劇を象徴するもので、「冗談」から始まった物語の顛末が描かれます。

運命と、忘却

 主人公のルドヴィクは後半、歴史上、間違いは例外的なことではなく、普通のことであると物思いにふけります。カフェにいて、ルドヴィクはよくある二つの妄想、すなわち永遠の記憶という妄想と救済について考えます。復讐や許しで救済されることは決してないものの、それは忘れ去られるので問題にはならない、と思います。

 また終盤でヤロスラフが心臓発作になり、なんとか助かるだろうとそのとき考えたルドヴィクですが、ヤロスラフの人生の後半がもっと暗いものになるだろうと想像し、「人の運命は死ぬずっと前に決まっていることが多い」と悟ります。

 このように、物語の中で、人間という存在の運命を目の前にした矮小さと、そのままならなさ、そして忘却による救いとが主題として語られていきます。

 作中でルドヴィクは、ささいな冗談で運命を狂わせてしまったようにも感じられますが、とはいえそれだけが根本的な原因ではなく、いつかルドヴィクの性格や環境に由来して、同様の運命は避けられなかったのかもしれません。またルドヴィクは寝取りにより復讐しようとしたり、ヘレナは自殺を試みたりしたもののそれぞれ失敗し、それは既にそうしようとする前から結果は決まり切ったことだったのでした。

 人はささいな冗談や失敗から運命を大きく変えてしまったように見えることがあります。そんなとき「あのとき、もし、ああしていれば」、と後悔に苛まれることがあります。しかし、実際には、それは本質的な原因ではなくて、主体の性格や環境によって、どこかでそうなることは避けがたかったのかもしれません。また、そんなふうに考え忘れることが、唯一の人生の救いであるのかもしれません。

語りの構造

 本書は7部に分かれており各部は4人の登場人物の視点、語りを交互に描いています。1.ルドヴィク、2.ヘレナ、3.ルドヴィク、4.ヤロスラフ、5.ルドヴィク、6.コストカ、7.ルドヴィク&ヘレナ&ヤロスラフという構成です。

 ルドヴィク=ヤーンは不敬な態度をとったため、学校と共産党から追放されています。ヤロスラフは、ルドヴィクがかつて演奏していたツィンバロン楽団の旧友です。ヘレナ=ゼマーンコヴァは、ヤロスラフにインタビューするラジオレポーターで、宿敵ゼマネクの妻です。コストカは、ルドヴィクに人生哲学を論じる、 キリスト教徒の対照的な人物です。

冗談と忘却

 『笑いと忘却の書』でも描かれた、「笑い」「忘却」のテーマは本作でも現れます。そして、クンデラ自身が体験した、チェコスロバキアにおけるソ連とその喧伝するマルクス主義のイデオロギーとの緊張について物語ります。

 真剣に捉えなくてはならず笑ってはいけないことがある一方で、笑うことを禁止するムードは時に深刻な抑圧をもたらします。そのようなかつてのチェコスロバキアのムードの中での悲喜劇をクンデラは本作で描きました。

 また人や共同体には、そのアイデンティティや理想、正義のために、絶対に忘れてはいけない過去や記憶があります。そのことを忘れることは、アイデンティティを損なったり、歴史的な不正義から目を背けることに繋がります。他方で、しばしば人は忘れられないことによって苦しみます。それは過去のトラウマだったり失敗だったりしますが、それが忘れられないからこそ今を生きられず、前に進めないことがあります。そのことを忘却していたら正しい方向に進めない事柄が人や共同体にとってある一方で、その記憶に苛まれるために前に進めないこともあります。

 物語の中でルドヴィクは、復讐や許しで救済されることは決してないものの、それは忘れ去られるので問題にはならない、と、忘却の中に救いを見出そうとします。「人の運命は死ぬずっと前に決まっていることが多い」と悟るのでした。取り返しのつかない過去を、冗談として、笑いごととして、ままならない運命として、忘れることは、人生にとって不可欠なことです。物語は人生のそうした側面を伝えます。

物語世界

あらすじ

 ルドヴィクが数年ぶりにモラヴィア地方の故郷に戻ってきた場面から始まります。ルドヴィクは理髪店で見覚えのある女性(ルーシー)に出会い、1950年代初頭に人生を変えたあの冗談を振り返ります。

 ルドヴィクは颯爽としていて機知に富み、人気者でした。ルドヴィクは揺籃期にあった共産主義体制を支持していました。夏休み中、交際相手だったクラスの女子生徒がルドヴィクに手紙を書きます。これにルドヴィクは冗談で返事を書きます。「楽観主義は人類の麻薬だ!健全な精神は愚かさの臭いがする!トロツキー万歳!」と。

 彼女は、学校の党員たちに手紙の内容を伝えたものの、面白がる者はいません。ルドヴィクを調査するための委員会が招集されたものの、ルドヴィクは反抗的な態度を崩さず、最終的には同僚のパベル=ゼマネクが主導する全体会議で、党と大学から全員一致で除名処分となります。かつて党の旗印の下でモラヴィア民族音楽を復興するよう奨励した旧友ヤロスラフの結婚式で、ルドヴィクは自身の姿勢が苦々しいものになったことを悟るのでした。

 学生免除を失ったルドヴィクはチェコ軍に徴兵されます。そこでは反体制活動家とされる者たちが旅団を組織し、ルドヴィクはその後数年間、オストラバの労働収容所の炭鉱で働きます。ルドヴィクは党の信奉者であり続けたものの、党の敵のように扱われました。唯一の休息は時折の休暇で、その間に兵士たちは町へ出て女性と戯れたのでした。そのわずかな休暇の間に、ルドヴィクはルーシーという少女に恋をします。ルーシーは毎日労働収容所の柵のところに花を持って来るようになります。ルドヴィクはルーシーと寝るためにこっそり抜け出す時間を作ったものの、借りたアパートでルーシーはルドヴィクの誘いを拒絶し、ルドヴィクは激怒し、二人は別れたのでした。

 そして現在。ルドヴィクは成功を収めながらも、苦悩する科学者となっています。ラジオレポーターのヘレナと出会い、ヘレナがルドヴィクを党から追放したゼマネクの妻であることを知ったルドヴィクは、復讐の機会を見出します。ルドヴィクはゼマネクを傷つけるため、故郷でヘレナを誘惑することにしたのでした。

 ルドヴィクはコストカのアパートを借りる手配をします。コストカ自身もキリスト教信仰ゆえに党から追放されていました。数年前、ルドヴィクはコストカに良い仕事を見つける手助けをしたのでした。ルドヴィクはヘレナと寝るものの、ヘレナは夫と何年も別居していることを明かします。実はゼマネクには愛人がいたのでした。

 ルドヴィクはコストカと会います。コストカは以前ルドヴィクが見た理髪店の女性がルーシーだったことを認め、さらに彼女をよく知っていたと語ります。コストカはルーシーの過去のトラウマを知り、ルーシーをキリスト教に改宗させたのでした。ルドヴィクは、コストカがルーシーのことを、自分よりはるかによく知っていたことに気づき、動揺します。

 ゼマネクへの復讐は挫折し、ルーシーの記憶から混乱したルドヴィクは、長年の無意味な過ちを消し去りたいと願い、ヘレナと故郷から一刻も早く逃げ出したいと願うものの、列車に乗り遅れます。

 町では、モラヴィア地方の春の民俗祭り「王の騎行」の日です。ヤロスラフの息子が、仮面をつけ、馬に乗って町を練り歩く王の役に選ばれ、民俗伝統の推進者としてヤロスラフはこのことを誇りに思っています。ルドヴィクはゼマネクに出会い、若い愛人を紹介されます。ルドヴィクは、彼女がルドヴィクとゼマネクの間に思想的な違いはないと考えていることに気づき、恐怖を感じます。それから二人はヘレナとその助手に会い、ゼマネクは愛人を連れて去っていきます。ヘレナはルドヴィクと一緒になれると思うものの、ルドヴィクは自分の残酷な行為の複雑な理由を説明できず、ヘレナを愛していないし、二度と会うこともないと告げます。

 ルドヴィクは、歴史上、間違いは例外的なことではなく、普通のことであると物思いにふけります。カフェにいて、ルドヴィクはよくある二つの妄想、すなわち永遠の記憶という妄想と、救済について考えます。復讐や許しで救済されることは決してないものの、それは忘れ去られるので問題にはならない、というのがルドヴィクの考えでした。

 一方、悲嘆に暮れるヘレナは、自殺をしようとして、瓶の中の鎮痛剤を全部飲み込みます。ヘレナはルドヴィクに遺書を書き、何も知らない助手に渡すように頼みます。助手がカフェでルドヴィクを見つけ、ルドヴィクがその遺書を読むと、二人はヘレナの元へ急ぐものの、瓶の中には実は下剤が入っていたのでした。

 一方、ヤロスラフは落胆します。馬に乗っていた子供が息子ではなかったのでした。息子は祭りには興味がなく、こっそりとオートバイレースを見に行っていました。ヤロスラフは妻に激怒し、台所の皿や椅子を叩き壊し、バイオリンを持って逃げ出します。野原で眠り込んでしまうと、ルドヴィクに見つかります。ルドヴィクは傷ついた友人を哀れに思い、一緒に演奏しようと誘うのでした。

 元気を取り戻した二人はバンドのコンサートに行き、ルドヴィクが交代でクラリネットを演奏します。その際、ヤロスラフは心臓発作を起こします。ヤロスラフは助かるだろうと考えたルドヴィクですが、友人の人生の後半がもっと暗いものになるだろうと想像し、「人の運命は死ぬずっと前に決まっていることが多い」と悟るのでした。

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