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堀辰雄『ルウベンスの偽画』解説あらすじ

堀辰雄
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始めに

 堀辰雄『ルウベンスの偽画』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語り構造

モダニズムと象徴主義

 堀辰雄は広くモダニズムや象徴主義、ロマン主義の作家から影響を受けました。師匠筋の芥川龍之介のほか、萩原朔太郎、ジャン=コクトー、レイモン=ラディゲ、メリメ、スタンダール、ジッド、ポール=ヴァレリー、リルケ、ボードレール、プルースト、アポリネール、ジョイスなどからの影響があります。
 またショーペンハウアー、ニーチェなど、ドイツ観念論の思想家の影響も大きいです。

 作家性の傾向としては、ラディゲや後輩の三島由紀夫とか、カポーティみたいな感じで、モダニズムの反俗的、反ブルジョワ的なコンセプトは継承しつつ、スタイルとしては古典的なスタイルを採用する印象が顕著です。

 本作もジッド『田園交響楽』を連想させる、パストラル風のロケーションで展開されるメロドラマが印象的です。

パストラル

 狭義のパストラルは、田園の理想郷を舞台として牧人たちが恋の歌を競い合う韻文ですが、やがてパストラルロマンス、パストラルドラマといった、散文による田園地帯におけるメロドラマが定着していきました。

 パストラルはかっちりしたジャンルとしては希薄になっていたものの、そのジャンルのモードは後続の作品に大きな影響を与えました。堀辰雄に影響したジッド『田園交響楽』もそうしたモードの特徴が顕著です。

『ルウベンスの偽画』に描かれる軽井沢という田舎の空間も、パストラル的な理想主義的美をたたえています。また当時、外国人の避暑地であった事も踏まえて、異国情緒のある地方空間としてそこは描かれています。

モデル

 主人公の「彼」は21歳の堀自身で、「彼」の知り合いの「彼女」母娘や「お嬢さん」は、松村みね子と、その娘の総子がモデルで、堀は総子に片想いしています。

 また松村みね子母娘がモデルとなって登場する『聖家族』『美しい村』『菜穂子』は、この『ルウベンスの偽画』のあとの作品です。

物語世界

あらすじ

 異人の行き交う晩夏の美しい避暑地(軽井沢)にやって来た「彼」が片想いしている「彼女」の顔は、クラシックの美しさを持ち、彼は「彼女」をこっそりと「ルウベンスの偽画」と呼んでいました。別荘に母親と過ごしている「彼女」を訪ねた彼は、彼女たちと浅間山の麓のグリーン=ホテルまでドライブに行き、バルコニーの下の屋根を「彼女」と歩いたりするものの、関係は進みません。

 その翌日、彼はひとりで本町通りをぶらぶらしていると、見覚えのある「お嬢さん」が見えます。彼女は毎年この避暑地を訪れる有名な男爵の令嬢でした。彼は去年、この「お嬢さん」がよく馬に乗っている姿を見ていました。彼女のまわりには、いつも何人もの混血児の青年たちが集まります。

 彼もこの「お嬢さん」を、刺青をした蝶のように美しいと思っていました。「お嬢さん」は去年付き合っていた混血児の青年を振って、今年は上品な様子の貴族的な青年とロッジに飲み物を飲みにきています。ロッジで牛乳を飲んでいた彼は「お嬢さん」の声を初めて聞き、自分の思い描く心像の少女である「ルウベンスの偽画」の声にそっくりだと感じます。青年と談笑する「お嬢さん」の笑い声を聞きながらロッジを出た彼は、二人の自転車が草の上でハンドルを絡ませて倒れているのを見て、自分の体の中にいきなり悪い音楽のようなものが湧き上がり、それは自分の頭の悪い受け持ちの天使の演奏だと感じます。

 彼はそんな気持ちを振り払おうと小径に出ると、友人に名前を呼ばれます。友人はカンバスに向かっていました。友人は、ここの空気があんまり透明で、遠くの木の葉もはっきり見えるので、絵が逆にうまく描けないと話します。友人は描きかけの風景画をかかえて明日東京へ帰ろうとしていたのでした。

 友人とホテルで話しながら、彼は自分もまた数日したら、おそらく描きかけのままになる「自分のルウベンスの偽画」を携えて再びここを立ち去るよりほかないのだろうかと考えます。

 午後、彼は友人を見送ってから「彼女」の家を訪ねます。「夫人」から「彼女」を最近撮影した写真を二枚見せられて、彼はその一枚を空想の中の「ルウベンスの偽画」にそっくりだと感じます。「彼女」と「夫人」から離れている間、彼は彼女たちに会いたく感じ、そのあまり彼は、彼の「ルウベンスの偽画」を自分勝手に作り上げてしまうのでした。すると今度はその心像が本当の「彼女」に似ているかどうかを知りたがり、そしてそれがますます彼を彼女たちに会いたがらせます。

 しかし漠然ながら、自分の前にいる少女とその心像の少女とは全く別であるような気もします。描きかけの「ルウベンスの偽画」のヒロインの持っている薔薇の皮膚は、いま彼の前にいる少女に欠けているのかもしれません。

 夕暮れになり、彼はホテルへの小径を帰っていくと、木立の大きい栗の木の枝に何かが登って揺すぶっているのを見ます。彼はふと頭の悪い自分の受け持ちの天使のことを思い浮かべますが、浅黒い動物がその樹から飛び降ります。一匹の栗鼠でした。

 「ばかな栗鼠だな」とつぶやきながら、彼は去ってゆく栗鼠を見つめたのでした。

参考文献

・竹内 清己 (著)『堀辰雄: 人と文学』

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