始めに
遠藤周作『深い河』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
カトリック文学
遠藤周作はカトリックの作家です。サド、ペギィ、堀辰雄、ジャック=リヴィエールなどの影響から、独特のロマン主義を形成していきました。
サドのグランギニョルやゴシック風味から、遠藤は影響されています。
ペギィもカトリックに改宗した人道主義者で影響があります。
堀辰雄とは個人的に面倒をみてもらいました。堀は芥川龍之介の弟子筋ですが、周作の作品は芥川と重なるところがあります。
本作はキリスト教と連続的なものとしての、東洋神秘主義による魂の救済を描きます。
汎神論と唯一神論
複数の人間を主人公にして「キリスト教的唯一神論と日本的汎神論(多神論)」を描きます。
イギリスの宗教哲学者ジョン=ヒックの宗教多元主義、「シンクロニシティ」など分析心理学のユングの神秘思想などが下敷きとなって、キリスト教徒ではない日本人の4人の主人公の、喪失や虚無を目の前にした、超越論的なものへの接近を描きます。
物語は1984年にインドを旅行した4人の日本人観光客の旅を追いかけますが、それに加えて、大津というキリスト教徒のキャラクターも主人公格となっています。この大津はカトリックの司祭として将来を嘱望されていたものの、汎神論(多神論)的な神という異端の考えのために追放されました。
結局、この汎神論的な神の存在が作品を象徴する要素になっていて、タイトルになっている「深い川」=ガンジス川が、そのような存在の象徴になっています。
四人の主人公たちは、キリスト教徒ではないですが、人生における喪失や苦難を経て、インドを旅し、ガンジスの深い川に触れて、魂の救いを得ます。
宗教多元主義とシンクロシニティ
イギリスの宗教哲学者ジョン=ヒックの宗教多元主義、「シンクロニシティ」など分析心理学のユングの神秘思想などが本作の下敷きです。
宗教多元主義では、諸宗教は、宗教的な「実在」に対する異なる仕方での応答で、諸宗教は対立的ではなく、相互補完的なものであるとします。
シンクロニシティとは、因果関係では説明できないが、意味によって結びついている出来事の一致を指します。いわゆる偶然の一致に、必然性を見いだす発想です。
遠藤はこれを踏まえて、伝統的な日本人やヒンドゥー教徒が持っていた多神論的な世界観を、キリスト教と同様の異なる仕方での超越的なものへの応答の仕方であるとみて、積極的に捉えようとします。
日本人とキリスト教
キリスト教徒で日本人である遠藤にとって、「キリスト教と日本人」のテーマは中心的関心であり続けました。
「キリスト教の神をもたない日本人は、罪の意識が欠落しているのではないか」「日本人にとってキリスト教とは何か」という問いは、『海と毒薬』『黄色い人』などから、遠藤周作の文学のテーマになり続けました。
『深い河』は、それに対する終局的なアンサーが見えます。ここでは日本的な多神論をキリスト教と連続的なものとしてとらえています。
語りの構造
『海と毒薬』などのように、群像劇のスタイルですが、基本的に異質物語世界の、いわゆる三人称の語り手を設定して、それぞれの主人公格の物語を展開するデザインになっています。
このようなスタイルによって、中心的なテーマを多角的に掘り下げていきます。
物語世界
あらすじ
この物語は、 1984年にインドを旅行した4人の日本人観光客の旅を追いかけますが、それぞれ異なる目的を持っています。インディラ=ガンディー首相が過激派シク教徒に暗殺され、旅行は中断されるものの、主人公たちはガンジス川のほとりでそれぞれの答えにたどり着きます。
観光客の一人、磯辺修。彼は中流階級の経営者で、妻を癌で亡くします。死の床で、妻は彼に来世で自分を探してほしいと頼んだのでした。磯辺は輪廻転生に疑問を抱きながらも、探し求めてインドへと向かったのでした。インドにいると言われていた妻の生まれ変わりに出会うことはできませんでしたが、磯辺はそれでも救いを得たのでした。
ビルマでの戦禍の恐怖に心を痛めている木口は、日本軍にいた友人たちと敵の魂のために、インドで仏教儀式を執り行うことを希望しています。木口は、病気の友人が戦時中の悲惨な経験を乗り越えるのを助けてくれた、 外国人クリスチャンのボランティアのガストンにかつて救われたのでした。
沼田は満州で幼少期を過ごした頃から動物を深く愛していました。飼っていた鳥が自分の代わりに死んだと信じ、インドにある鳥類保護区を訪ねます。
成瀬美津子は結婚に失敗した後、自分が愛することができない人間であることを悟ります。人生の意味を見つけるため、彼女はインドへと渡ります。そこにいたのは、かつて美津子がもてあそんだ、大津という男です。大津はカトリックの司祭として将来を嘱望されていたものの、汎神論的な神という異端の考えのために追放されました。大津は、インドで亡くなった人々の遺灰をガンジス川に撒くため、地元の火葬場へ運ぶ手伝いをしますが、反シク教徒の暴動に巻き込まれ、危険にさらされます。
一方、美津子は二人の修道女と出会い、大津の神観を理解し始めます。
参考文献
・加藤宗哉『遠藤周作』




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