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遠藤周作『侍』解説あらすじ

遠藤周作
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はじめに

 遠藤周作『侍』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

カトリック文学

 遠藤周作はカトリックの作家です。サド、ペギィ、堀辰雄、ジャック=リヴィエールなどの影響から、独特のロマン主義を形成していきました。

 サドのグランギニョルやゴシック風味から、遠藤は影響されています。

 ペギィもカトリックに改宗した人道主義者で影響があります。

 堀辰雄とは個人的に面倒をみてもらいました。堀は芥川龍之介の弟子筋ですが、周作の作品は芥川と重なるところがあります。

支倉常長

 本作の侍のモデルは支倉常長です。

 徳川家康がウィリアム=アダムスの建造したガレオン船を贈りヌエバ=エスパーニャ副王領へ送還したことから、日本とスペインとの交流が始まります。エスパーニャとの交流ができたことにより、常長の主君である伊達政宗は、ヨーロッパに遣欧使節を送ることになり、スペイン人のフランシスコ会宣教師ルイス=ソテロを正使、常長は副使となり、スペインを経由してローマに向かいます。その後マドリードで洗礼を受け、カトリック教徒かつ有色人種でありながらローマ貴族となります。

 しかしローマまで往復した常長ですが、その交渉は成功せず、帰国時には日本では既に禁教令が出されていたために冷遇され、2年後に死去します。その後の支倉家は嫡男常頼が後を継いだものの、寛永17年(1640年)、家臣がキリシタンであったことの責任を問われて処刑され、一時断絶したのでした。

 本作の主人公の長谷倉六右衛門の、スペインへの渡航と交渉の失敗、カトリックの洗礼と帰国後の悲劇、という展開はおおむねこのような歴史的事実を踏まえています。

 他方で、常長は処刑されたり自害したわけではなく、そのあたりは支倉家のその後の顛末を踏まえた脚色と言えます。

日本人とキリスト教

 遠藤周作は日本人でカトリックです。そこから、「日本人にとってキリスト教とはなにか」という問いが、一貫して作品のテーマとなっていきます。

 本作においても、日本という制度がキリスト教を拒絶し、弾圧にいたる江戸時代初期を舞台としています。

 本作における主人公の侍は交渉のためにスペインへ向かい、形式的にカトリックの洗礼を受け、それによって帰国後、禁教の敷かれた日本において処刑されることになり、悩みつつもキリスト教へと目覚め自害する、という展開が描かれています。

物語世界

あらすじ

 一連の村々の「摂政」を務める侍の長谷倉六右衛門が、ベラスコという名のスペイン人司祭と共に、メキシコのスペイン人との貿易協定交渉のため、太平洋を横断する旅に出発します。

 アカプルコから砂漠を横断し、メキシコシティに到着するものの、困難に直面します。ベラクルスへ渡り、スペイン行きの船に乗らなければならないものの、スペイン当局はその任務に興味を示さなかったため、ローマへ向かい、バチカンで教皇パウロ5世に謁見を求めることになります。しかし、何の接触も協定も結べず、任務は徒労に終わります。

 結局、侍らは帰国し、スペイン、そして再びメキシコを横断し、再び太平洋を横断して日本に到着します。帰国すると、日本の新たな指導者たちがキリスト教徒を迫害し、他国との商業的接触を一切望んでいないことを知ります。

 形だけとはいえ、キリスト教に帰依したことを理由に侍も処刑されることになります。しかし死を控えた侍は、キリストへの心からの信仰に目覚めていくのでした。

参考文献

・加藤宗哉『遠藤周作』

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