始めに
永井荷風『濹東綺譚』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
戯作文学
永井荷風は十返舎一九、山東京伝、曲亭馬琴などの戯作文学から影響を受けました。
戯作とは、18世紀後半頃から江戸で興った通読み物の総称です。
洒落本、滑稽本、談義本、人情本、読本、草双紙などの種々のジャンルがありますが、荷風の作品と関連が深いのは洒落本です。
洒落本は遊廓などの遊所での遊びについて書いたもので、遊女と客の粋な遊戯的恋愛や、野暮な客の風刺が描かれます。実用的な遊び方ガイドのような使われ方もしました。本作でも終盤のパートは特にそのようなエッセイとなっています。
荷風もよく花柳小説などと言われますが、遊郭などの玄人の女性との遊戯的恋愛を描く物語が、本作を筆頭に多くあります。
自然主義。ゾラからモーパッサンへ
永井荷風はゾラやモーパッサンといったフランスの自然主義文学から影響を受けましたが、自然主義にはあまり括られないです。
荷風は最初はゾラに惹かれて、しだいによりモーパッサンに惹かれるようになっていきました。
ゾラ(『居酒屋』『ナナ』)はフランスの自然主義を代表する作家です。ゾラが自然主義の理論書たる『実験小説論』で構想したのはベルナールの医学、行動を決定する要素の科学、テーヌの歴史学を参照にしつつ、人間の社会的実践の構造的理解を試み、それを美学的再現のレベルで反映しようとしたものでした。ダーウィン『進化論』やベルナール『実験医学序説』など、行動を決定する要因についての医学、遺伝学、社会学的知見を背景に、人間の社会的実践の美学的再現を、家族や遺伝的要因に焦点を当てて試みようとするコンセプトから、ルーゴン・マッカール叢書は展開されていきます。
またゾラはフランスの暗い現実に焦点を当てることでそれを改善しようとしたのでした。ドレフュス事件における社会派としての活躍に見られるように、人類の未来のために創作や政治活動を通じて現実社会にコミットしました。このような社会派作家としてのゾラにリスペクトがあったものの、自身は大逆事件を黙認してしまったために、戯作作家としてあることを志向しました。
モーパッサンはギュスターヴ=フローベールの弟子で、フロベールの家で、イワン=ツルゲーネフ、ゴンクール兄弟、エミール=ゾラ、ドーデーらと交流し、1880年、ゾラを中心として普仏戦争を扱った作品集『メダンの夕べ』に『脂肪の塊』が掲載され、世間に認められました。師匠筋のフローベールや自然主義のゾラと比べると長編の数、水準、評価はぼちぼちで短編がメインの作家です。フローベールにも似たシニカルで切れのいい短編はモーパッサンの持ち味で、語りのスタイルも含めて荷風に影響しました。
実験的語り
本作は、メタフィクション的な構造を持っています。
語り手で小説家大江匡は小説『失踪』の腹案を練っていて、51歳で退職した英語教員が退職金を持って失踪し、カフェー勤めの女の元に身を寄せる、という筋書きで、主人公が身を隠す場所を向島あたりに設定します。
この『失踪』をモチーフにしつつ、玉ノ井で知り合ったお雪と大江の恋愛が描かれ、結局はお雪に思いを寄せられるものの、大江は自分では幸せにできないと感じ、玉ノ井から離れ、彼女と疎遠になる顛末が描かれます。
いわば花柳小説を紋中紋にする花柳小説として、本作は展開されています。
末尾の「作後贅言」の章は、荷風の亡友神代種亮の思い出、世相の変遷、銀座のカフェー風俗を描くエッセイで、少しこうしたデザインはメリメ『カルメン』と重なります。
物語世界
あらすじ
小説家大江匡は小説『失踪』の腹案を練ります。51歳で退職した英語教員が退職金を持って失踪し、カフェー勤めの女の元に身を寄せる、という筋書きで、主人公が身を隠す場所を向島あたりに設定します。
大江は6月末のある夕方、玉の井付近を散策します。大粒の雨があり、大江が傘を広げると、浴衣姿の女が傘に入ってきます。大江はそのお雪に誘われ、部屋に上がります。
大江はお雪のもとに通い、親しくなります。お雪は大江を秘密出版に関わる男と誤解しています。
ある日お雪は、借金がなくなったらおかみさんにしてほしい、と言いますが、自分には適さないと思います。
9月の末、お雪が入院したことを聞きます。10月になると大江は玉の井通いもやめます。
「作後贅言」の章は、荷風の亡友神代種亮の思い出、世相の変遷、銀座のカフェー風俗を描きます。




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