始めに
モーパッサン「脂肪の塊」解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
モーパッサンの自然主義
モーパッサンはギュスターヴ=フローベールの弟子で、フロベールの家で、イワン=ツルゲーネフ、ゴンクール兄弟、エミール=ゾラ、ドーデーらと交流しました。
1880年、ゾラを中心として普仏戦争を扱った作品集『メダンの夕べ』に『脂肪の塊』が掲載され、世間に認めらて自然主義の代表格とされました。
師匠筋のフローベールや自然主義のゾラと比べると長編の数、水準、評価はぼちぼちで短編がメインの作家です。
オムニバスとフランス社会
本作は師匠のフローベール同様に、フランスのブルジョワ社会の悲喜劇を描きます。
フランスではフランス革命を経て、社会は次第に王侯貴族の出身から新興のブルジョワジーが中心となる社会に移っていました。
物語は普仏戦争でプロイセン軍に占領されたルーアンのフランス人の一群を描きます。10人の旅行者達は様々な理由でルーアンを去り、乗合馬車でル・アーヴルに逃れようとします。馬車の乗員は、脂肪の塊(ブール=ド=シュイフ)と呼ばれる娼婦エリザベート=ルーセ、民主党員コルニュデ、ワイン問屋を経営するロワゾー夫妻、工場所有者で上流階級のカレ=ラマドンと夫人、ブレヴィル伯爵夫妻、2人の修道女がいて、さながらフランス社会の縮図でした。
娼婦以外の者たちは上流階級やブルジョワジー、平民(プチブル)、宗教家で、市民的なモラルを体現するものの、娼婦は性を売り物にすることから周囲に疎まれ、一時期信頼を得るものの、自分を犠牲にして体を売ったのに、最終的にはそのことから他の乗客に汚物のように扱われてしまいます。
娼婦は平民やブルジョアジーや上流階級の性のはけ口として犠牲になるのに、それに向けられる眼差しは歪に歪んでいるという世間の偽善をここに描いています。
公娼制度
1802年、フランスで警察による公娼登録が開始されます。1828年にはフランス風紀局衛生課が設置され、検診で性病の見つかった娼婦は病院に送られ、治療ののち売春業の許可がおりるようになりました。
梅毒の流行を背景にしており、感染症対策でした。制度は1946年マルト=リシャール法によって廃止されました。
本作もそうした時代を背景にしています。娼婦に梅毒など、ネガティブなイメージが付きやすかった時代が物語の背景です。
物語世界
あらすじ
普仏戦争でプロイセン軍に占領されたルーアンのフランス人の一群を描きます。10人の旅行者達は様々な理由でルーアンを去り、乗合馬車でル・アーヴルに逃れようとします。
馬車の乗員は、脂肪の塊(ブール=ド=シュイフ)と呼ばれる娼婦エリザベート=ルーセ、民主党員コルニュデ、ワイン問屋を経営するロワゾー夫妻、工場所有者で上流階級にのカレ=ラマドンと夫人、ブレヴィル伯爵夫妻、2人の修道女がいました。
悪天候により馬車は足踏みし、ほとんど進めません。乗客たちは当初ブール=ド=シュイフを冷遇していたものの、彼女が食料で満たされたバスケットを取り出し、同乗者達に勧めたことで、周囲の態度が変わります。
馬車はようやくトートの村に到着し、乗客達はドイツ語の声を聞いてプロイセン軍に占拠された地域に来た事を知ります。プロイセンの士官は無期限に一行を宿に留めます。旅行者達は不安に悩みます。やがてブール=ド=シュイフは、自分が士官と寝るまで拘留が続くであろうことを明かします。彼女は愛国心からプロイセンを憎んでおり、士官から口説かれる事に憤っていました。
当初は同行者達士官の傲慢に激怒したものの、ブール=ド=シュイフが士官と寝ないために足止めされているのだと、一晩の内に矛先が変わります。次の2日間、同行者達は歴史上の偉人や聖人を引き合いに出し、論理や道徳を例に用いて、ブール=ド=シュイフを説得し、ついに彼女は士官と寝ます。
そして一行は翌朝出発を認められます。
ル=アーヴルへの道中、ブール=ド=シュイフの犠牲により出発できたにもかかわらず、周囲は彼女を無視して会話し、自分達だけで持参した弁当を食べます。
ブール=ド=シュイフが屈辱と同乗者への怒りを感じます。コルニュデはあて付けのようにラ=マルセイエーズを執拗に口笛で吹き、歌います。
最後には彼女は啜り泣きをもらします。
参考文献
アルマン・ラヌー (著), 河盛 好蔵 (翻訳), 大島 利治 (翻訳)『モーパッサンの生涯』




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