始めに
トルストイ『イワンの馬鹿』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
リアリズムとリベラリズム(ツルゲーネフ、ディケンズ、スターン、ルソー)
トルストイはディケンズ(『ディヴィッド=コッパーフィールド』)やツルゲーネフ(『猟人日記』)などからの影響が顕著で、そこから独自のリアリズム描写とリベラリズム的な発想を構築しました。またルソーなどの自由主義の影響も顕著で、そこから戦争経験を経て農奴制と戦争への批判的な姿勢が生まれました。
本作においては例えばディケンズ『デイヴィッド=コッパーフィールド』という教養小説(心の成長を描くジャンル)にも似て、主人公ドミートリィが自分が過去に犯した罪とその帰結を目の当たりにし、その贖罪としてカチューシャとともに人間としての復活、再生をはかるプロセスが描かれます。
また『トリストラム・シャンディ』のスターンからの影響も顕著で、ロマン主義的なテイストに影響が見え、『トリストラム・シャンディ』のような非線形の語りを『クロイツェル=ソナタ』でも展開します。
保守主義、プラグマティズム
代表作のトルストイ『戦争と平和』はナポレオン戦争を描いた戦記文学として知られています。トルストイ自身もクリミア戦争における従軍経験があり、それに由来する反戦思想と農奴制への批判的な発想が起こりました。カフカース地方での生活とクリミア戦争への従軍経験が民衆の偉大さを発見し、それを搾取する構造を持つ戦争という事象と、農奴制に抗いました。トルストイはルソーの自由主義思想の影響も大きく、それが反戦にもつながっていると思われます。
このような、民衆という存在と彼らの実践に立脚する保守主義、プラグマティックな思想がトルストイ文学のルーツです。
ヒューマニズムとキリスト教
トルストイは、この物語を通じて、彼自身のキリスト教的無政府主義と非暴力主義の思想を描きます。
勤労は物語の最も重要なテーマです。イワンと妹のマーシャは、常に自分の手で土地を耕し、生活の糧を得ます。彼らにとって、労働そのものが価値であり、幸福の源です。
兄たち(戦士のセミョンと金持ちのタラス)が追う金銭や地位は、悪魔に簡単に利用される虚飾であり、本質的な価値を持ちません。
最終的に、人々は金銭の使用をやめ、自給自足の生活に戻ります。これは、資本主義や商業主義に対するトルストイの根本的な批判です。
イワンは、世間的な「知性」や「策略」を持たないために、悪魔の誘惑や罠にかかりません。彼の素朴さ、正直さ、そして献身こそが、あらゆる困難を解決する「真の知恵」として描かれています。
悪魔は、イワンに財産や地位を与えようとしますが、彼が興味を示さないため、何もできません。非暴力と単純な生活が、悪(誘惑と貪欲)に対する究極の盾であることを示しています。
イワンが新しいツァーリ(王)になったとき、彼は「働けない者は働ける者の食事を眺めていろ」というシンプルなルールを定めます。これは、官僚主義や形式的な法律を否定し、自然な道徳と労働倫理に基づいた共同体のあり方を提案しています。
戦士であるセミョンは、国を守ろうとしますが、彼の武力は最終的に何の役にも立たず、むしろ悪魔に利用されます。
物語世界
あらすじ
昔ある国に、軍人のセミョーン、たいこ腹のタラース、ばかのイワンと、彼らの妹で唖のマルタ(マラーニャ)の4兄弟がいました。
ある日、都会へ出ていた兄たちが実家に戻ってきて、生活に金がかかって困っているから財産を分けてほしいと父親に頼みます。彼らの親不孝ぶりに憤慨している父親がイワンにそれを言うと、ばかのイワンはみんな二人に分るように、というので父親はその通りにします。
3人の間に諍いが起きると思っていた悪魔は何も起こらなかったのに腹を立て、3匹の小悪魔を使って、3人の兄弟に介入します。権力欲の強いあるセミョーンと金銭欲の強いタラースは小悪魔たちに酷い目に遭わされるものの、ばかのイワンだけは、悪魔に屈服せず、小悪魔たちを捕まえます。
小悪魔たちは、一振りすると兵隊がいくらでも出る魔法の穂や、揉むと金貨がいくらでも出る魔法の葉、どんな病気にも効く木の根を出して助けを求めます。イワンが小悪魔を逃がすと、イエス様がお前にお恵みをくださるように、と言ったので、それ以来、小悪魔は地中深く入り、二度と出てこなくなります。
イワンは手に入れた宝で、兵隊に踊らせたり唄わせたりし、金貨は女や子供にアクセサリーや玩具として与えます。兄たちがイワンのところにかえってくるとイワンは喜んで養うものの、兄嫁たちには「こんな百姓家には住めないと言われ、イワンは兄たちの住む小屋を造ります。
兄たちはイワンの兵隊や金貨を見て利用しようと考え、イワンは兄たちに要求されて兵隊や金貨を渡します。兄たちはそれを元手に、やがて王になります。
イワンは国の王女が難病になったとき、小悪魔からもらった木の根で助けて、王女の婿になって王となります。しかし体を動かさないのは性に合わないので、人民の先頭に立って以前と同じく畑仕事をします。イワンの妻は夫を愛していたので、マルタ(マラーニャ)に畑仕事を習って夫を手伝います。
イワンの王国の掟は”働いて手に胼胝(たこ)がある者だけ、食べる権利がある。手に胼胝のないものは、そのお余りを食べよ”でした。
ある日、小悪魔を倒された大悪魔は、人間に化けて兄弟たちの所にやってきます。セミョーンは将軍に化けた悪魔に騙されて戦争をし、タラースは商人に化けた悪魔に財産を巻き上げられて、再び無一文になります。
大悪魔はイワンを破滅させるために将軍に化けて軍隊を持つように仕向けるものの、イワンの国では人民は皆ばかで、働くだけなので悪魔に騙されません。商人に化けて金貨をばらまくものの、イワンの国では衣食住は満ち足りており、金を見ても誰も欲しがりません。悪魔は金で家を建てられず、食べ物を買えないので残り物しか食べられず、困窮します。
悪魔は”手で働くより、頭を使って働けば楽をして儲けることができる”と王や人民に演説するものの、誰も悪魔を相手にしないのでした。
その日も悪魔は、高い櫓の上で頭で働くことの意義を演説していたものの、力尽きて頭でとんとんと梯子を一段一段たたきながら地上に落ちます。
ばかのイワンはそれを見て、頭で働くとは、このことか、と悪魔のところにやってくるものの、ただ地が裂けて、悪魔は穴に吸い込まれるのでした。



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