始めに
ポー『モルグ街の殺人』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ドイツロマン主義の影響
ポーはドイツロマン主義からの影響が顕著です。具体的にはホフマン、シラー、ゲーテ(『ファウスト』『若きウェルテルの悩み』)などの作品から影響を受けました。
ポーにはそこから幻想文学作品も多いですが、本作はそうした要素は希薄です。
またシラーは形式を重んじる古典主義を展開しましたが、ポーも『詩作の哲学』などにおいて、自身の主知主義的な詩学、美学を展開しています。
ゴシック文学の系譜
作家ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』がゴシック小説の先駆となり、以降はこのジャンルが連綿と継承されました。
ポーも『アッシャー家の崩壊』など、このジャンルを代表する作品を多く手掛けたほか、本作もゴシック小説や墓地派を思わせる暗いムードやグロテスクな要素が特徴的です。
探偵小説のルーツ
本作は探偵小説のルーツと言われています。とはいえジャンル一般の話として、その内在的性質によって素朴に定義できるものではなく、ジャンルへの参画の意図などの外在的要素や具体例などの外延的要素によって道具的な満足のいく説明付けを得られるだけです。
つまり「モルグ街の殺人」に関して言うならば、「痕跡からの因果推論」「事件の犯人探し」などの要素は、すでに古今東西の古典に類例があります。所謂「探偵小説」は要素レベルでは神話や民話、その他古典的文学などにも見いだせるものが多いです。
それでも本作がのちの推理小説、探偵小説ジャンルに大きな影響を与え、その後の表象を牽引した部分とは、近代ヨーロッパの警察制度の確立を背景に、そうした警察でも頭を悩ませる難題を、知識や分析力において卓越した探偵役がそれを合理的推論によって解決する要素、また語り手や視点人物を探偵役の補佐役、聞き手役に設定する要素が大きいと解釈できます。
ワトソン役の語り手
本作の語り手は、探偵役であるデュパンの単なる知り合いで、補佐役や視点人物を務める存在です。
因果推論が喚起するエモーションに着目するジャンルの特性上、探偵役が語り手を努めると、謎解きのサプライズが弱まるため、この語り手は発明でした。以降の作品にも、このフォーマットが継承されていきます。
また探偵のデュパンは「盗まれた手紙」「マリー=ロジェの謎」にも現れます。
因果推論の美
本作の特徴は因果推論の機知が喚起するエモーションに着目した点です。本作では、さながら自然科学や社会科学における因果推論のような推理を探偵が展開します。残された痕跡から展開される推論に見える機知にエモーションが喚起されます。
しばしば我々は数学などに触れたとき、そこに見える定理などの伝統のなかでの実践や、問題解決のアプローチの鮮やかさに感銘や感動を覚えます。ここにおいては、数学という学究の中に見える、その歴史性の中での実践に見える戦略性や合理性に見える機知にエモーションが喚起されていると言えます。つまるところ、学術やその中における規約における必然性に裏付けられた論理性や合理性は、美的経験の対象になると言えます。
例えば、モダニズム文学ではT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。これはさながら、数学において特定の問題解決のために定理や公理によるトートロジーが用いられるように、神話という既存の世界観の体系が、新しい形で発見され、その戦略性の機知にわれわれのエモーションが喚起されます。このように、我々は文学や科学の伝統において戦略性や合理性をしばしば発揮し、それは第三者の美的経験を促します。
本作が描くのもおよそそのような部分で、探偵役の推論に見える既知が喚起するエモーションがあります。
物語世界
あらすじ
パリに長期滞在している語り手は、モンマルトルの図書館で、没落した名家の出であるC・オーギュスト・デュパンと知り合います。語り手は、知識と分析力を持つデュパンに惹かれ、やがてパリの場末の古びた家を借りて一緒に暮らします。
そんなとき、ある猟奇殺人の新聞記事が二人の目に止まります。「モルグ街」のアパートメント4階で、二人暮らしの母娘が惨殺されたのでした。娘は絞殺され暖炉の煙突に逆立ちで詰め込まれていました。母親は裏庭で首をかき切られ、頭が取れかかっていました。部屋の中は荒らされていたものの、金品は取られていません。また部屋の出入り口には鍵があり、裏の窓には釘があって、人の出入りできるところがありません。多数の証言者が、事件の時刻に犯人らしき二人の声を聞いており、一方の声はフランス語で、もう一方の甲高い声は、スペイン語、イタリア語、フランス語とそれぞれ違う証言をします。
デュパンは、犯行現場へ立ち入る許可をもらい、独自に調査します。デュパンは現場を調べ、その帰りに新聞社に寄ったのち、警察の捜査方法を批判しつつ、語り手に推理過程を語ります。
玄関の鍵はかかり、秘密の抜け穴もない、煙突は通れない、表の窓は人目がある。なので犯人が逃げたのは裏の窓しかありません。裏の窓は釘で固定されているように見えたものの、釘は中で折れていて窓は開きました。窓から遠くに避雷針があり、犯人はこの避雷針を伝って出入りしたと思われます。
そんな超人的身のこなしと、何語か分からない声、金品の放置、死体の惨殺された様子などを考慮すると。デュパンは現場に落ちていた毛を語り手に示し、犯人はオランウータンだといいます。デュパンが新聞社に寄ったのはオランウータンを捕まえたが持ち主は名乗り出るようにとの新聞広告を出すためでした。
1人の船乗りが現われ、珍獣として一儲けしようとボルネオで捕獲したオランウータンが逃げ出して、犯行を行ったことを白状します。
参考文献
・佐渡谷重信『エドガー=A=ポー』




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