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マン『選ばれし人』解説あらすじ

トーマス=マン
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始めに

 マン『選ばれし人』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

リアリズムの影響

 トーマス=マンは、リアリズム文学からの影響が顕著です。

 特に影響を受けたのが、フォンターネというドイツの詩的リアリズムの作家で、シニカルでリリカルなリアリズムを特徴とします。

 またロシアの写実主義からも影響が大きく、ニコライ・ゴーゴリ、イワン・ゴンチャロフ、イワン・ツルゲーネフ(『父と子』『初恋』)に見える自己批判は、本作にも顕著に見えます。

ドイツなどのロマン主義の影響

 マンはゲーテ(『ファウスト』『若きウェルテルの悩み』)を終生尊敬していました。ゲーテは古典や形式を重視する古典主義者であると同時に、作家や個人の主体性や形式主義的実験を重んじるロマン主義者としての側面があり、どちらかというとマンは前者の古典主義者としてのゲーテからの影響が顕著で、守旧的なスタイルを特徴とします。

 またゲーテのロマン主義を継承するレフ・トルストイからも影響が顕著です。

ハルトマン『グレゴリウス』

 本作はドイツのミンネジンガーであるハルトマン=フォン=アウエが書いた中世の詩叙事詩『 グレゴリウス』を下敷きにします。

 グレゴリウスが近親相姦から生まれ、自身も母親と近親相姦するという大まかな内容は共通します。

物語世界

あらすじ

 ローマで、修道士クレメンスが街中に鐘を鳴らすよう告げます。クレメンスは読者に鐘が鳴るまでの出来事、グレゴリウス1世のローマ到着と教皇としての戴冠式を紹介します。

 フランドルでは、17 年間未亡人となっているグリマルド公爵が、隣国の王と同盟を結ぶために娘のシビラに結婚を迫っています。シビラは兄のウィリギスにしか惹かれず、公爵の願いを拒絶します。公爵の死後、兄と妹は恋人になり、シビラは兄の子供を身ごもっていることを知ります。

 兄妹は、自分たちの罪を恥じて自殺しようと考え、忠実な相談相手である騎士アイゼングレインのところへ行きます。アイゼングレインはウィリギスに罪を償う手段として十字軍に参加するよう提案します。二人の間に子供が生まれた後、アイゼングレインは、赤ん坊を樽に入れて流してしまうことも提案します。アイゼングレインのこうした助言に否定的だったものの、シビラとウィリギスは他に何もできないことに気づのでした。ウィリギスは出発するものの、マシリアに着く前に殺されます。シビラは生まれたばかりの赤ん坊を北海に捨てることにします。

 幼児の入った樽はイギリス海峡で二人の漁師に発見され、二人はそこに幼児とシビラが入れた石板を見つけて、自分たちの住む島に持ち帰ります。

 二人の漁師が戻ると、アゴニア=デイ修道院の院長グレゴリーに見つかります。グレゴリーは石板を読み、そして漁師の一人にその幼児を自分の子として育ててくれるなら、毎月一定額を支払うことに決めます。漁師は、司祭が提示した高額な金額に驚き、その提案を受け入れます。

 やがて赤ん坊は青年に成長します。修道院長は彼をグレゴリーと名付け、青年は修道院に入ります。グレゴリーは養子の兄弟と喧嘩になり、このとき隠されていた自分の出自の秘密を知ることになります。修道院長はグレゴリーを独房に連れて行き、樽の中の石板を見せます。そして青年は、自分の母親と父親も姉と弟だったことを知るのです。その事実に驚いたグレゴリーは、両親が感じているであろう苦しみを和らげるために、両親を探そうとします。

 グレゴリーは修道院長の祝福を受けて大陸へ出発し、後に母親シビラの愛情を求めたが断られた求婚者で隣国の王子ロージャーが軍事力に訴えたために起こった「恋愛合戦」して、一騎打ちでロージャーを倒します。グレゴリーはそして、母親シビラと結婚します。結婚した後、二人の間には二人の娘が生まれます。

 数年後、グレゴリーの母親は、あの石板を発見し、自分の息子との間に子供をもうけていたことに気付きます。グレゴリーとシビラは、罪を償う手段として厳しい苦行の人生を歩むことを決意します。グレゴリーは隠遁者となり、湖の真ん中の岩の上で暮らします。シビラはらい病患者の世話に人生を捧げ、2 番目の娘の洗礼を拒否します。

 17 年が経過し、後継者争いでローマは教皇不在になります。司教のうち 2 人が血を流す子羊の幻影に遭遇し、次の教皇を探す場所を指示されます。

 2 人の司教はすぐにグレゴリーを探します。長い旅の末、彼らはハリネズミほどに縮んだグレゴリーが湖の真ん中の岩の上に住んでいるのを発見します。その後、彼らは彼を岸に連れ戻すと、彼は奇跡的に 17 年前のグレゴリーの姿に戻ります。

 グレゴリウスがローマに到着すると、街の鐘がひとりでに鳴り響き、次期ローマ教皇の到着を告げます。グレゴリウスは賢明な教皇の一人となり、キリスト教世界全体で信仰の救世主とされます。

 シビラは、グレゴリー教皇が自分の息子であることを知らず、ローマに行き、罪深い人生を告白して赦免を求めます。グレゴリーはすぐに彼女を認識し、この赦免を惜しみなく与えます。二人はお互いを許し合い、グレゴリーは教会の中で母親と姉妹の一人の居場所を見つけます。

 許しの行為において、各人は、自分たちは罪人であったにもかかわらず、自らの本性の中の卑しい要素を超越することができるのでした。

参考文献

・村田 經和『トーマス=マン』

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