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ベケット『名づけえぬもの』解説あらすじ

サミュエル=ベケット
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始めに

 ベケット『名づけえぬもの』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

モダニズム。ジョイスの弟子

 サミュエル=ベケットはジョイス(『ユリシーズ』『ダブリン市民』)の弟子でそこから影響を受けました。

 ジョイス『ユリシーズ』など、モダニズム文学に典型的な手法が意識の流れです。意識の流れという手法は、現象学や心理学を背景に、一人称的視点の構造的理解と再現を図ろうとするものです。現象学(フッサール、ベルクソン)、精神分析などの心理学、社会心理学、プラグマティズム的な知見を元に一人称視点のリアリズムをラディカルに押し進めたのでした。

 意識の流れというデザインで描く人間の意識の特性というのは、時間軸の中での全体論的特性です。人間の意識的経験やそれにドライブされる行動は、時間軸の中で全体性を持っています。主観的な時間の中で過去と現在と未来とは、相互に干渉し合って全体を形作っていきます。過去の経験や知覚が因果になり、さながら一連の流れとも見えるように、意識的経験は展開されます。こうした主観的時間の時間論的全体性を描くのが意識の流れの手法です。

 またジョイスの『ユリシーズ』は非線形の実験的語りも特徴で、語りの主体やスタイルをさまざまに変えつつ物語を展開しています

 こうした意識の流れ、非線形の語りはベケットに影響が顕著です。

デカルトやゲーリンクスの影響

 ベケットはデカルトとそのフォロワーのゲーリンクスの影響が顕著です。

 ゲーリンクスはデカルトに比べるとマイナーなオランダのデカルト派を代表する哲学者です。デカルトの二元論を心身問題にも徹底させようとして、心身の直接的因果作用を否定し、精神と身体の変化は、神の媒介が引き起こすとみました。

 デカルトは「我思うゆえに我あり」で有名ですが、別にデカルトがこうしたものを発明したのではなくて、アウグスティヌスなど、キリスト教の方面で昔から言われていたことを、そのラディカルな懐疑論における確からしいこととして設定した感じです。

 この自己の存在論、自分とは何者かという実存的な問いは、ベケットの中心的なテーマになっていきます。またこの実存的なテーマは、「書くこと」「語ること」というモチーフと絡めてしばしば展開されていきます

語りの構造

 名前のない動かない主人公のモノローグで物語は展開されていきます。語り手の体は、胎児のような姿勢で丸まっていて、手足のない体が深いガラスの瓶に閉じ込められていて、特徴のない卵のような生き物らしいです。

 語り手の回想と実存的な思索は、語り手が話す言語によって構築されている可能性に言及します。

 つまるところ本作は意識の流れの手法を用いつつ、小説メディアにおける登場人物の自己の存在証明を展開しようとしているものと解釈できます。語り手が語る内容によって構築されていることに言及することで、「我語る、ゆえに我在り」ではないですが、テクストが存在するゆえにまさにそこに語り手は存在しています。

 

物語世界

あらすじ

 名前のない(おそらく名付けられない)動かない主人公のモノローグで展開されていきます。

 語り手の体は、胎児のような姿勢で丸まっていて、手足のない体が深いガラスの瓶に閉じ込められていて、特徴のない卵のような生き物として描写されます。

 具体的な筋書きや設定はなく、他の登場人物の「マフード」、「マドレーヌ」、「ワーム」が実際に存在するのかも不明です。

 語り手は『マーフィー』、『メルシエとカミエ』、 『ワット』の著者であると主張しています。

 語り手の回想と実存的な思索は、語り手が話す言語によって構築されている可能性に言及します。

参考文献

・Deirdre Bair (著), 五十嵐 賢一 (翻訳)『サミュエル・ベケット: ある伝記 』

 

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