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山口未桜『禁忌の子』感想レビュー。ややネタバレ注意

ジャンル別感想
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始めに

 山口未桜『禁忌の子』レビューを書いていきます。ややネタバレ注意です。ただ真相には触れていません。

ランク
B

基本情報

著者

 山口未桜。1987年兵庫県生まれ。神戸大学卒業。医師と兼業作家です。2024年『禁忌の子』で第三十四回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。

あらすじ

 視点人物救急医・武田の元に溺死体が搬送されてきます。その身元不明の遺体「キュウキュウ十二」は、武田と瓜二つでした。武田には親戚に心当たりはありません。

 彼の死因はなにか、彼は何者か。武田は旧友で医師の城崎と調査をします。しかし鍵を握る人物に会おうとした矢先、相手が密室内で死亡します。

所感

本格というよりサスペンス

 本格ミステリというよりは冒頭の掴みからサスペンス色が強く、本格要素は途中の密室殺人くらいなのですが、それもロジックはそこそこですが、密室のパターンとしては有名なよくある内容で誰もが最初に疑うようなやつで、特にトリックや意外性もないので、本格ミステリー的な奇想を期待すると肩透かしを食らいます。

 あと全体的にあり得ないレベルの偶然の出来事が多いです。それに対する理由付けもあまり経験的根拠のない心理学的仮説で説明されたりするため腑に落ちなかったものの、でもこれは創作なのでこの程度のご都合主義は許容範囲かなと思います。

 ジャンル適正は3か4でかなり悩み、だって鮎川哲也賞は本格ミステリーの賞だし、そういう意味では前評判含めて期待しすぎたし、医療サスペンスとしても(知念さんや海堂さんと比較して)そこまで斬新なギミックを積んでいる訳でもないのです。ただ新人だしサスペンスとしては佳作で4にしました。

本格として

 ロジックもそこそこで、共犯の可能性を考えるのも凝っていますが、ちょっと状況がごちゃごちゃわかりにくくスマートでないのと、あまり特定プロセスが機知に富む感じがしない(Aという痕跡からBという解釈が引き出されるのに意外性、驚きが乏しい。師匠筋の有栖川有栖さんのいかにもやる気のなさそうな短編群と悪いところは似ている)です。犯人を消去法で絞る際の根拠が一部決め手には欠く印象もします(というか読者としては警察の捜査を全面的に信頼すべきかそうでないかわからない。一般的な話として、Aという大規模な施設の関係者や管理者ならそこに何かを隠して数日の捜査をごまかすのは不可能でもなさそう)が、大きな瑕疵はないと思います。とはいえ決め手にはかくうえ、数学的証明のような形式科学(一般に量化のドメインが閉じている。例えば定義からして負の自然数は存在しないし、それは量化のドメインが閉じているからで、すべての自然数が正であることは規約から必然的に真理)を離れた自然科学、経験科学的な事象解釈の推論(この場合、量化のドメインが閉じて居ない。「すべてのカラスが黒いことを証明せよ」という問いに、背理法でアプローチしても、量化のドメインが閉じていないから、過去未来現在にわたり永久にカラスを観察し、また観察したカラスに漏れがないことも永遠に示さないといけないので原理的に不可能に近い)で背理法を用いる探偵は論理的・合理的なのかは評価に悩みます。
 密室は誰でも予想する真相なのですが、そもそもその素朴な予想を否定する要素がミスリードとして極めて弱いです。またそれが分かるとタイトルなども含めて全体的に真相が見え透いてしまいますが、このあたりはワイダニットとして推理がしやすいように分かりやすくして計算して書いたのかなとも思います。ただ密室のロジックがこまごましていた割に、その後の推理はワイダニットからの展開のため急にアバウトになります。

 けれども犯人の予想はつくものの、理詰めで犯人がわかるという類のものではなく (探偵もここからは憶測だがみたいに言っている)(変に合理的に考えると蓋然性から犯人を除外しそう)、他方でフーダニットとしては桐野夏生『顔に降りかかる雨』、藤原伊織『テロリストのパラソル』みたいに作品の展開やテーマ的にサスペンス的な落としどころをメタ的に探ると容易にたどり着く「意外な犯人」で、やはりサスペンスとしての印象が強いです。
 

サスペンスとして

 医療サスペンスとしてはリーダビリティが高く、読み物としてのクオリティは、鮎川哲也賞でもトップクラス、というよりトップだと思います。歴代受賞者の中で一番文章が洗練されていて巧いのは加納朋子さんですが、山口さんは初期の宮部みゆきさん(『龍は眠る』『レベル7』など)みたいにスタイルとしては粗やムラはあっても、情報の取捨選択とかテンポよく読ませる技術力が高いです。ただ鮎川哲也賞の中で読み物としてトップと言っても、本格に特化して読み物として弱い作品が多い賞であるからで、江戸川乱歩賞の歴代受賞作で言ったら平均以上ですが抜きんでていいというのでもないです

 文章はリーダビリティは高いものの、一人称なのか三人称なのかわかりづらい(一人称で統一するべきと感じる。特にミステリジャンルだと実は武田が視点人物ではなくて謎の第三者が語り手なのではないかと変に勘ぐってしまう)のと、変に気取って常用しない表現(「艶然」など)を使ったりそのくせ砕けた表現が混じっていたりと、良くも悪くも新人らしい粗は目立ちます
 内容的にヒューマンドラマ、サスペンスメインなので、鮎川哲也賞より江戸川乱歩賞っぽいテイストです。たとえるなら瀬名『パラサイト=イヴ』みたいな生物系サスペンスに本格パートが混じっている感じで、両方それぞれ楽しめます。

作品テーマ

 あと作品のテーマですが、それに人によって評価は分かれそうです。例えば武田泰淳『ひかりごけ』のカニバリズムネタみたいな感じで、カニバリズムではSATSU人して食べるなど倫理的に正当化されえないケースも多々あるでしょうが、殺すプロセスを挟まず自分の生命を守るためやむを得ない場合、正当化され得ると思います。

 本作品のテーマにもそれと似たものを感じ、もちろん倫理的に認容されえないケースもあるでしょうが、タブーかどうかは人による気持ちもしました。

総評

 ウェルメイドな新人離れした佳作だと思います。例えば『元彼の遺言状』とかよりはずっといい作品です。 

 他方で斬新さはそこそこで、キャラクターも設定も固有の魅力にあらゆる部分で乏しいです。でも今後のポテンシャルは相当高い作家と言えます。本作は過度な期待をしなければ満足感は高いでしょう。

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