始めに
ヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」解説あらすじを書いていきます。
背景知識
クレイン、ジェイムズのリアリズム、トウェインの超絶主義とロマン主義
ヘミングウェイはスティーブ=クレイン(『赤色武勲章』)のシニカルな要素に影響を受けていて、短編にはそのようなニヒリズムが見えます。本作も未来に希望を抱き眠る主人公ハリーの無残な死に終わるラストが印象的です。
またH=ジェイムズ(『鳩の翼』『黄金の盃』)からも顕著な影響を受けていて、そのリアリズムや国際性、グランドツアーのモチーフが共通します。本作においても、アフリカの自然と死との戦いというグランドツアーが描かれ、自然の崇高さと争う中で、作家ハリーは瀕死になり、そこから自分の内省を深め、過去の思い出や未来への希望を夢想します。けれども、その命は非情にも失われます。
またマーク=トウェイン(『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』)の影響も顕著で、その超越主義、プラグマティズム的な発想と、等質物語世界の語り口などに活きています。
意識の流れ
本作は死を目の前にしたハリーが、これまでの人生を意識の流れの手法で綴っていく内容です。
モダニズム文学に典型的な手法が意識の流れです。等質物語世界の語り手の手法などは伝統的な小説に見えますが、ジョイス『ユリシーズ』、フォークナー『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』、ウルフ『ダロウェイ夫人』などに見える意識の流れの手法は、それに現象学(フッサール、ベルクソン)、精神分析などの心理学、社会心理学、プラグマティズム的な知見を元にラディカルに押し進めたものでした。
ハリーは、作家としてのこれまでの生涯を振り返り、金持ちの未亡人のヘレンと一緒になったものの、たくさんの体験をしたのに書くべきことを書けないままだったことを後悔します。未来へ希望を持ちながら、ハリーの命は失われます。
ジョイス、H=ジェイムズ的象徴的手法
ヘミングウェイはモダニストのジョイスと親交があり、本作もジョイス『ダブリン市民』のような象徴的な物語になっています。とはいえ、それが具体的にどんな象徴なのかは明示されてはいません。さながらジョイスのエピファニー文学やその弟子ベケット『ゴドーを待ちながら』のようです。
ヘミングウェイの好んだヘンリー=ジェイムズの『鳩の翼』『黄金の盃』も、タイトルになっているモチーフの象徴性が効果的に使われます。
アフリカのキリマンジャロ山は、神の家ともよばれ、頂近くに、不毛の頂上を目指し登り、力尽きて死んだ豹の亡骸があるといい、これが中心的なモチーフになります。豹がなぜ頂上を目指したのかは分かりません。最後はハリーも、この頂上を目指すことを夢想するのでした。
作家の生とハイエナの群れ
本作は作家ハリーという孤高の存在の戦いと死、それからハイエナの群れとが対比的に描かれています。
ハリーは孤独な戦いの中で未来へと希望を抱くものの、満たされたままハイエナに貪られて落命します。この卑劣な収奪者としてのハイエナは『老人と海』のサメと重なります。あちらの作品でも、カジキに勝利した老人の報酬を、サメたちが群れになって横取りしていきます。
ハリーは命を奪われたものの、戦いや人生に負けたわけではありません。
アフリカ、キリマンジャロ
本作においてはハリーが見る夢に現れるキリマンジャロのイメージが印象的です。キリマンジャロや、それがあるアフリカ世界は、行動主義たるヘミングウェイの憧れる土地で、『老人と海』にもアフリカのライオンの夢がモチーフに現れます。
本作でハリーは、豹も求めたというキリマンジャロの頂を目指すことを最後に夢想します。けれどもそれは夢に過ぎず、残酷ない現実が迫っていました。
アフリカの憧憬を描く作品に大江『個人的な体験』、ボウルズ『シェルタリング=スカイ』、ディネーセン『アフリカの日々』があります。
物語世界
あらすじ
アフリカのキリマンジャロ山は、神の家ともよばれ、頂近くに、不毛の頂上を目指し登り、力尽きて死んだ豹の亡骸があるといいます。豹がなぜ頂上を目指したのかは分かりません。
アフリカで狩猟をしていた小説家ハリー・ストリートは、脚の壊疽で瀕死にあります。救援も間に合いそうにありません。
死を悟ったハリーは、看護する妻ヘレンを無視して、自棄酒をします。ハリーは酔い、ヨーロッパ大陸で過ごした日々を回想します。
裕福なヘレンと結婚して生計を立てることを選んだために、作家としての潜在能力を発揮できなかったことなどについて回想します。
多くの体験がありつつ、何も書き残せず、金持ちであるヘレンを否定的に捉えます。ハリーは眠りにつき、その夢の中で救援の飛行機に乗り、空へと飛立ちます。飛行機はキリマンジャロををめざします。
ヘレンが目覚めたとき、そこには闇とハリーの残骸と、ハイエナの鳴き声がするのみでした。
参考文献
・高村勝治『ヘミングウェイ』




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