始めに
ミハイル・レールモントフ『現代の英雄』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
レールモントフの作家性
レールモントフに最も決定的な影響を与えたのが、イギリスの詩人バイロンです。社会に馴染めず、孤独で傲慢、しかし内面に激しい情熱と苦悩を秘めたバイロン的英雄の造形は、レールモントフの代表作『現代の英雄』の主人公ペチョーリンに直結しています。
ロシア近代文学の父、プーシキンはレールモントフにとって超えるべき壁であり、最大の先達でした。プーシキンが決闘で命を落とした際、レールモントフが書いた『詩人の死』は、彼を一躍時代の寵児に押し上げました。 プーシキンの明晰な文体を受け継ぎつつ、レールモントフはより心理学的で内省的な深みを加え、後のドストエフスキーへと続く心理描写の基礎を築きました。
レールモントフはドイツ語が堪能で、ドイツ文学の哲学的な響きを愛しました。ゲーテの詩を翻訳・翻案しており、自然と人間の孤独な対話を学びました。 若き日の戯曲には、シラー的な情熱や正義感、悲劇的状況の影響が見られます。
シェイクスピアの人間の複雑な内面や、運命に抗う個人の描き方において影響を受けています。スコットからは歴史小説の手法を学び、コーカサスを舞台にした物語の構成などにその影が見て取れます。
余計者
小説の最大のテーマは、主人公ペチョーリンに象徴される余計者の肖像です。1830年代、ニコライ1世の抑圧的な政治下にあったロシア。知性も行動力もある青年たちが、その力を発揮する場所を奪われ、退屈と虚無感にさいなまれていました。英雄という言葉は強烈な皮肉です。著者は序文で、これは一人の人間ではなく我々の世代のすべての悪徳を合わせた肖像であると述べています。
ペチョーリンは常に人生はあらかじめ決まっているのか、それとも自分の意志で変えられるのかという問いに突き動かされています。彼は自分の命や他人の人生を危険にさらすことで、運命をテストしようとします。 物語の締めくくりとして、人間は運命を信じるべきか、それとも己の意志で行動すべきかという哲学的な問いを読者に投げかけます。
理性と自然
舞台となるコーカサスの峻厳な自然と、そこに住む野生的な人々と、都会から来た文明人ペチョーリンの対比も重要なテーマです。ペチョーリンは純真な山岳民族の娘ベーラを愛することで退屈を紛らわせようとしますが、結局、文明に毒された彼の心は彼女を破滅に追い込んでしまいます。
ペチョーリンは、自分が幸福になれない代わりに、他人の感情を操作し、かき乱すことに快感を覚えます。彼はメリー公爵令嬢や友人グルシニツキーを追い詰める過程で、自分自身の冷徹さや虚しさを確認しています。これは自意識という病を描いた、極めて近代的なテーマです。
物語世界
あらすじ
この物語は、コーカサス山脈を旅する語り手が、ある老将校から聞いた噂話や、偶然手に入れた主人公ペチョーリンの日記を公開するという形で進みます。
物語の幕開けは、老将校マクシム=マクシームィチの回想です。ペチョーリンは、現地の豪族の娘ベラに一目惚れし、彼女の弟をそそのかして彼女を誘拐させます。しかし、手に入れた途端に熱が冷め、彼女を放置。絶望したベラは悲劇的な最期を遂げますが、ペチョーリンは冷ややかな微笑を浮かべるだけでした。
数年後、語り手と老将校は偶然ペチョーリン本人に再会します。再会を喜ぶ老将校を、ペチョーリンは氷のように冷たくあしらい、足早に去っていきます。そこで残されたのが、彼の日記でした。
ここからはペチョーリン自身の視点で、彼がなぜこれほどまでに冷酷で虚無的なのかが明かされます。辺境の港町タマンで、彼は密輸団の活動に首を突っ込みます。謎の美少女に誘惑され殺されかけますが、彼はそれを退屈しのぎの冒険として楽しみます。結果、彼は静かに暮らしていた密輸業者たちの生活をめちゃくちゃにして立ち去ります。
湯治場を訪れた彼は、かつての恋人ヴェーラと再会します。しかし彼は、友人グルシニツキーが恋い慕うメリー公爵令嬢を、単なる心理ゲームとして誘惑し始めます。 彼は令嬢を自分に夢中にさせ、友人を決闘で射殺し、最後には令嬢にあなたを愛していないと告げて彼女の心を粉々に打ち砕きます。
最後に、彼は人間の運命は決まっているのかという賭けに挑みます。死の危険に飛び込み、生き延びた彼は運命はあるかもしれないが、自分は何も信じないという虚無的な結論に達します。
日記の編者(語り手)は、ペチョーリンがペルシャからの帰り道で孤独に死んだことを淡々と報告します。彼は、並外れた知性と情熱を持ちながらも、それを向けるべき高潔な目的を見つけられませんでした。他人の幸福を壊すことでしか自分の存在を感じられない、まさに時代の病を抱えた男の末路として物語は閉じられます。




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