始めに
ゴア=ヴィダル『都市と柱』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ヴィダルの作家性
ヴィダルは幼少期に盲目の祖父(トマス=ゴア上院議員)の書庫で過ごし、そこで読み耽った古代の歴史書が彼の思想の根底にあります。ティトゥス=リウィウス、タキトゥス、スエトニウスなど、ローマ帝国の興亡を描いた歴史家たちは、ヴィダルの歴史小説(『ユリアヌス』『帝国』三部作など)のスタイルに影響しました。プラトン 『饗宴』などは、ヴィダルが性や愛、魂について語る際の哲学的基盤となりました。ルクレティウスのエピクロス主義にも影響されました。
ヴィダルはモンテーニュと重ねられることもあり、エッセイの形式と精神において特定の先達を尊敬していました。モンテーニュはエッセイというジャンルの確立者であり、ヴィダルにとってロールモデルでした。ウィリアム=ディーン=ハウエルズはヴィダルが評価したアメリカの写実主義作家です。ヘンリー=ジェイムズの写実主義にも影響があります。またモームの風刺性からも感化があります。
アンドレ=ジイドはヴィダルがパリで出会ったフランスの巨匠で感化があります。カルヴィーノは同時代の親しい友人でした。ドーン=パウエルはヴィダルが評価した作家です。
ほかにもテネシー=ウィリアムズ親友であり、生涯にわたるライバルでした。エドマンド=ウィルソンもヴィダルが目指したロールモデルでした。
同性愛
当時、文学における同性愛者は悲劇的な最期を遂げる異常者か女装するようなステレオタイプとして描かれるのが常識でした。しかし主人公のジム=ウィラードは、若々しく、スポーツ万能で、軍務もこなす典型的なアメリカの青年として描かれています。
タイトルの「柱」は、旧約聖書の「ロトの妻」の故事に由来しています。振り返ってはいけないと言われたのに、燃えるソドムの街を振り返ったために塩の柱になった女性の話です。主人公ジムは、少年時代に親友ボブと過ごした完璧な一夜の思い出を神聖視し、その瞬間に心を縛り付けられています。過去を美化しすぎたために、現実の人間関係を築けず、時が止まったまま破滅へと向かう心理的な罠を描いています。
ヴィダルは、1940年代のアメリカが理想とした「逞しい男性像」の内実を問い直しました。戦争やスポーツという男らしさの象徴の中で、密かに育まれる同性への愛着を描くことで、社会が押し付ける性役割の虚構性を浮き彫りにしました。
ジムがどれほどボブを追い求めても、二人の精神的な距離は埋まりません。ジムにとってのボブは、もはや生身の人間ではなく失われた純粋さのシンボルになってしまいます。相手をありのままに見ることができない孤独が、物語を通底するトーンとなっています。
物語世界
あらすじ
1930年代、バージニア州の田舎町から始まります。主人公のジム=ウィラードは、ハンサムでスポーツ万能、誰もが憧れるような典型的なアメリカの青年です。
彼は親友のボブ=フォードに対し、友情以上の強い感情を抱いていました。高校卒業間近のある週末、二人は川辺の小屋でキャンプをし、そこで一度だけ身体を重ねます。ジムにとってそれは、魂が震えるような真実の愛の瞬間でした。しかし、ボブにとっては、あくまで若さゆえの遊びの一環に過ぎませんでした。
ボブは海軍に入り、町を去ります。ジムもまた、ボブを追いかけ、あるいは彼との再会を夢見て旅に出ます。ジムはテニスのインストラクターとなり、ハリウッドの社交界や同性愛者のコミュニティに足を踏み入れます。彼はそこで多くの誘惑を受けますが、心の中には常にあの夜のボブが神聖化されたまま存在しており、誰とも深い関係を築けません。
彼はボブにふさわしい男であり続けるために、肉体を鍛え上げ、純潔を守るようなストイックさを持ち続けます。第二次世界大戦中も、彼はボブへの想いだけを糧に生き抜きます。
終戦後、ついにジムはボブの居場所を突き止め、ニューヨークで再会を果たします。ボブはすでに結婚し、子供もいる「平凡な市民」になっていました。
ジムはボブをホテルに誘い、あの小屋での一夜を再現しようと試みます。彼は、ボブも自分と同じように、あの夜を人生の頂点として記憶しているはずだと信じ込んでいたのです。
【1948年:初版】
ジムの告白に対し、ボブは激しい嫌悪感を示し、彼を「異常者」として罵倒します。10年近く守り続けた理想を完璧に打ち砕かれたジムは、逆上してボブを絞め殺してしまいます(当時、同性愛を扱った小説は罰で終わらなければ出版できないという検閲への配慮がありました)。
【1965年:改訂版の結末】
ボブに拒絶され、嘲笑されたジムは、怒りと絶望の中でボブを力ずくで犯します。 暴力によって理想のボブを自ら汚し、破壊することで、ようやくジムは呪縛から解き放たれます。
彼はボブをゴミのように捨て、バーへ向かい、鏡に映る自分を見つめます。そこには、かつての清らかな少年ではなく、残酷な現実に降り立った一人の男の姿がありました。




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