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村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』解説あらすじ

村上春樹
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始めに

 今回は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』についてレビューを書いていきたいと思います。

語りの構造

成立

 本作の原型は中編『街と、その不確かな壁』です。この作品はまた、長編『街とその不確かな壁』の原型にもなっています。

  『街と、その不確かな壁』は、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」のパートの主たる原型になっています。

物語世界内の語り手。二人の異なる焦点化人物

 この作品は「ハードボイルド・ワンダーランド」と「世界の終り」という二つの章が交互に展開され、それぞれ「私」と「僕」という等質物語世界の語り手が設定されています。

 この二人は恐らくは、「私」の深層意識としての「僕」という設定となっていて、「僕」の行動によって「私」の意識が消滅していくまでが描かれます。

「僕」の「影」が「私」の半身のような存在になっていて、それが壁の外へと逃げ出すので「私」の意識が消滅したとも、残ったとも解釈ができます。

侵食される自由意思

 村上春樹の作品は、しばしば両立論的な発想にコミットします。両立論とは、自由意思と決定論がなんらかの形において両立するという立場で、社会契約論者のホッブズ、フランス思想家のジル=ドゥルーズ、自然主義哲学者のダニエル=デネットなどに代表されます。

 村上春樹の作品は、精神分析、とくにカール=グスタフ=ユングの影響が顕著で、精神分析的な世界観の元での両立論が、この作品でも展開されています。すなわち、無意識の世界における「僕」というエージェントの振る舞いによって、「私」の行動がドライブされています。

 村上春樹は処女作『風の歌を聴け』でも心的外傷の現象学としてのドラマを展開し、過去のトラウマによって、現在に生きる自分の自律的な能力としての自由が侵害される様を描いてきたので、この作品も処女作の延長線上にあると言えるのかもしれません。ここでは例えばヴォネガット『タイタンの妖女』のような、別のエージェントの目的に行動をドライブされるエージェントの運命の悲劇を描いています。

 無意識の世界(世界の終り)のエージェントにより行動をドライブされ、自身の精神的自由、自律が奪われるという展開は、人生というもののままならなさの再現と解釈できます。ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』の箴言

「消えろ、消えろ、つかの間のともしび!人生は歩きまわる影に過ぎぬ! あわれな役者だ!
舞台で大げさに騒いでも 劇が終われば消えてしまう。阿呆どものかたる物語だ。」

 を彷彿とさせるような、人生や人間というものの、決定論の悲劇を目の前にした矮小さを感じさせます。

スパイ小説的な運命悲劇の主人公、「私」

 「ハードボイルド=ワンダーランド」の章はスパイ小説のようなジャンルになっていて、ルカレのスパイ作品の主人公のように、陰謀のなかに巻き込まれ、その運命に翻弄されるエージェントが描かれます。

 『羊をめぐる冒険』もチャンドラーの犯罪小説のモードの影響が顕著でしたが、それとの類似を感じます。

 「私」は情報戦争の中で「博士」の暗号化実験により脳に新たな思考回路を埋め込まれ、やがて意識が消滅することになります。「僕」と「博士」という二人の行動にドライブされる「私」の意識の死が描かれていきます。

 一方で「私」は運命を受け入れ、『羊をめぐる冒険』の鼠のように、自由な意志のもとで意識の消滅を受け入れます。そして「世界の終わり」と呼ばれる意識の核、無意識の世界に生きることを選びます。

 ここには運命やままならないものに侵害されながらも、自律的自由を確立し、自己実現をはかる姿を見て取れます。

精神分析SFの「世界の終り」

 「世界の終り」の章は「壁」にかこまれた「世界の終り」という町に訪れた「僕」が「世界の終り」について探っていくストーリーです。「心」を持たないがゆえに安らかな日々を送る「街」の人々の中で、僕は「影」を引き剥がされ、記憶のほとんどを失います。図書館の「夢読み」として働くことになった僕の仕事は、一角獣の頭骨から古い夢を読み解くことです。一方、僕は「影」の依頼で「街」の地図を作る作業を続け、図書館の少女や発電所の管理人などとの会話の中から「街」の謎に迫ります。

 やがて「僕」はこの世界を生んだのが自分自身だと知り、『1973年のピンボール』『ノルウェイの森』の直子のような女性である図書館の少女の「心」を再生させようとはかり、また影を壁の外へ逃がします。そして自分は街と対立して森へ逃れて生きることを決めます。もう影や少女と会うことはないでしょう。影(=私)を死なせて街で彼女と生きること、影と街の外へ生きることもできたでしょうがそうしませんでした。

 これは自分とその過去を見つめ直し、責任主体として自立したものと解釈できます。『1973年のピンボール』でも語り手が過去の自殺のトラウマやその責任に苛まれる展開が見えましたが、本作のラストはその過去をなかったことにせず受け入れて前進する選択をしたものと解釈できます。影の生死は不明なので、「私」の意識は消滅しないとも解釈できます。

パラレルワールド

 本作も例によって、キャロル『不思議の国のアリス』以来のパラレルワールドSFです。

 春樹文学では『1Q84』『街とその不確かな壁』『スプートニクの恋人』などがパラレルワールドSFの代表格です。

物語世界

あらすじ

ハードボイルド=ワンダーランド

 半官半民の「計算士」の組織「組織(システム)」と、それに敵対する「記号士」の組織「工場(ファクトリー)」は、暗号の作成と解読の技術を争います。「計算士」である私は、暗号処理の中でも最高度の「シャフリング」(人間の潜在意識を利用した数値変換術)を使うことができます。

 ある日、私は老博士の研究所に呼ばれます。太った娘(博士の孫娘)の案内で「やみくろ」のいる地下から研究所に着き、博士から「シャフリング」システムを用いた仕事の依頼を受けます。

 アパートに戻り、帰り際に渡された贈り物を開けると、一角獣の頭骨がありました。私は頭骨のことを調べに行った図書館で、リファレンス係の女の子と出会います。

 翌朝、太った娘から電話があり、博士が「やみくろ」に襲われたと聞きます。私は謎の二人組に襲われ、部屋を破壊されます。その後、太った娘が部屋に現れ、私に「世界が終る」ことを告げます。

 やがて、博士から私は、「シャフリング」システムの研究における過去の私の人体実験の結果、私が永遠に世界の終わりという無意識の世界にとらわれ、やがて現実世界で意識をなくす運命にあることを告げられます。

 とまどう私でしたが、やがて博士をも許し、自分の運命を受け入れるのでした。

世界の終り

 一角獣が生息し「壁」に囲まれた街(「世界の終り」)に、僕は入り込みます。

 外界から隔絶され「心」を持たないため人々が安らかな日々を送る「街」で、僕は「影」を引き剥がされ、記憶のほとんどを失います。

 図書館の「夢読み」として働くことになった僕の仕事は一角獣の頭骨から古い夢を読み解くことでした。一方、僕は「影」の依頼で「街」の地図を作る作業を続け、図書館の少女や発電所の管理人などと交流します。

 やがて「僕」はこの世界を生んだのが自分自身だと知り、ここが自分の精神世界であると知ります。影(=私)を死なせて街で彼女と生きること、影と街の外へ生きること(=世界の終りを消滅させること)も、僕は選びたくありません。

 結局、僕は図書館の少女の「心」を再生させようとはかり、また影を壁の外へ逃がします。そして自分は街と対立して森へ逃れて生きることを決めます。

主な登場人物

  • :「ハードボイルド・ワンダーランド」の語り手。「組織」で「測量士」を務める。
  • :「世界の終り」の語り手。影を自分から切り離してしまうことによって、「私」は…

関連作品、関連おすすめ作品

・ルイス=キャロル『鏡の国のアリス』、小林泰三『アリス殺し』、宮部みゆき『ブレイブ=ストーリー』:平行世界SFです。

・『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』:ユング、シュルレアリスムに影響されたファンタジーです。『ペルソナ』シリーズは村上春樹と同じ、ジャズ、ロックをモチーフとします。

・デヴィッド=リンチ監督『マルホランド=ドライブ』:精神分析をテーマにするサスペンスです。

・アーデルベルト・フォン・シャミッソー『影をなくした男』:影を切り取るという展開が現れます。

参考文献

“村上春樹、新刊「街とその不確かな壁」は「40年前の決着をつけたかった」”

(読売新聞オンラインhttps://www.yomiuri.co.jp.2023/04/13.最終閲覧日2023/5/17)

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