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村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』解説あらすじ

村上春樹
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始めに

始めに

 今回は新作発表にあやかって『ねじまき鳥クロニクル』レビューを書いていきたいと思います。

語りの構造、背景知識

元になった短編と『国境の南、太陽の西』

 短編『ねじまき鳥と火曜日の女たち』を膨らませたのが本作です。

 短編では、失業中の「僕」は謎の女から電話を受けます。その後妻から「詩を書く仕事」を持ちかけられ、路地に消えた猫を探すよう言われます。その後、またあの女から電話でセクシャルな誘いを受けますが、断ります。猫を探す僕は古い路地を巡り、サングラスの女子高生に会い、指が6本ある女の話と、「死の塊」の話を聞きます。

 家に帰ると妻は泣きます。猫を見殺しにした、自分では手をくださずに、様々なものを見殺しにしていると言います。再度電話のベルが鳴るものの、20回ベルを数えて、やめます。

 全体的に猫を探す展開は共通ですが、妻も行方不明になるなど、本作とは結構別物です。ねじまき鳥は短編の方にも登場しますが、わりと正体は謎です。

 また本作から一部の部分をオミットして、それが『国境の南、太陽の西』になりました。

等質物語世界の「僕」

 この作品は等質物語世界の「僕」が語り手となります。「僕」は岡田亨といい、妻と猫と暮らしています。また『カラマーゾフの兄弟』に思い入れがあります。

 『カラマーゾフの兄弟』に似た、綿谷家の悲劇を描いています。

綿谷家

 物語の中心は綿谷の一族、その兄弟で、クミコや昇です。

 綿谷はエリート主義の一族で、ファシズム的な理想を掲げていて、昇も邪悪な性格に育ちます。綿谷家の中には代々、遺伝的に特殊な能力を持つ人間がおり、綿谷昇はその人が抱えたものを引きずり出す力があります。この力で、自身の野望を実現しようとします。

 クミコは綿谷の呪いから逃れようとするものの、その力を求める昇に支配されそうになっています。

セルフリメイク

 この作品は全体的に村上の過去作のセルフリメイクのような装いです。『羊をめぐる冒険』のような行方不明者探しの物語です。

 猫の失踪をきっかけに行方不明になった妻・クミコを探して、「僕」は奔走し、やがて悪の象徴たる綿谷昇と対峙します。この猫探しも『海辺のカフカ』で展開されたプロットです。

 また過去作品に登場した人物も顔出し程度ですが登場し、ファンを喜ばせてくれます。

ロッシーニ作曲『泥棒かささぎ』

 本作はロッシーニ作曲『泥棒かささぎ』がモチーフになっています。

 ヴィングラディート家の銀のスプーンがなくなります。息子ジャンネットの恋人で女中のニネッタが疑われますが、本当はカササギがやったことでした。ニネッタは逮捕され、処刑が宣告されます。

 ニネッタを手に入れようとする代官は、自分を愛するなら助けてやろうと言いますが、断ります。
 やがて疑いが解け、カササギがしたことが明らかになります。ジャンネットとニネッタの二人は愛を語り合います。

 おそらくは綿谷昇が代官に相当し、ニネッタが妻クミコを象徴していると解釈できます。

悪の象徴、それとの対峙

 この作品では妻の失踪の黒幕となった綿谷昇という人物が登場します。綿谷はクミコの兄で東大出身の男で、政界進出を目論んでいます。彼はノモンハン事件において虐殺を行った「皮剥ぎボリス」の精神的系譜を継ぐ存在です。

 綿谷はマスコミュニケーションを通じて、伝統の欠如した大衆をコントロールし大衆の凡庸な悪を扇動する、イナゴの王のような存在です。クミコをその力で性欲を解放させて不倫させて、夫婦を破局させ、自分の協力者として支配しようとしていました。

 「僕」は冒険のプロセスで得た、普遍的無意識にアクセスする井戸を通じて、それと対峙し、個人の自律的な自由を実現しようとします。

 大衆社会の悪との戦いのテーマは『羊をめぐる冒険』などにはじまり、『ダンス=ダンス=ダンス』や、『海辺のカフカ』『騎士団長殺し』などと共通します。

井戸

 『ノルウェイの森』でも無意識の象徴として登場する古井戸が、無意識の世界を行き来するツールとして用いられています。

 本作では古井戸を行き来することで、主人公は無意識の世界へと移動します。

物語世界

あらすじ

 岡田亨は、妻のクミコから、行方不明の猫を探すよう依頼されます。クミコは、自宅裏の閉鎖された一帯の路地を探すよういいます。

 亨がそこを探していると、見ていた笠原メイが話しかけ、野良猫のたまり場になっているという廃屋を案内します。廃屋に古井戸もあり、徹は後にその井戸に潜り込んで考え事をします。

 亨は、謎の女から性的な電話を受けます。また、加納マルタからも電話を受け、会いたいと頼まれます。クミコは亨に、猫の捜索を手伝ってくれる千里眼の加納マルタに会うようにいいます。

 亨はホテルのレストランで加納マルタに会い、彼女は妹の加納クレタに仕事の続行を依頼します。

 亨は、クミコが誰かから贈られた香水をつけていることに気づきます。亨は間宮中尉から連絡を受け、間宮の戦友の本田伍長が亡くなったこと、本田から遺された品物を届けに亨を訪ねたいと伝えられます。

 間宮中尉は満州国での戦時中の話をします。彼は生きたまま皮を剥がれた男を目撃します。間宮もまた、深い井戸に置き去りにされて、本田伍長に救われたのでした。

 今度はクミコが行方不明に。クミコはどうやら他の男性と過ごしており、登との関係を終わらせたいと思っているようです。

 トオルはナツメグという女と出会い、彼女に雇われます。その見返りとして、トオルは報酬と、不動産業者が転売するために購入した廃屋の一部の所有権を受け取ります。ナツメグの息子シナモンが古井戸を手入れして、トオルは、考え事をするために定期的に井戸の底に行き、ここから異世界に行けるようになります。

 いなくなったあの猫は、行方不明になってからほぼ 1 年後にトオルの家に現れます。トオルはノボルと直接、また間接的にクミコの失踪について話し合いました。

 やがてトオルは井戸から、ホテルのような部屋208号室まで移動し、クミコを見つけます。亨はノボルをバットで殴り昏睡状態に。見知らぬ男がホテルの部屋に入り、侵入者であるトオルをナイフで襲います。トオルは反撃し、男を殺してから、井戸に逃げ帰ります。井戸の中で、怪我で動けなくなったトオルは、井戸に水が満ちて気を失います。

 シナモンが彼を救い、数日後、ナツメグは、ノボルが脳卒中を起こして昏睡状態にあることを知らせます。その後、久美子がノボルを殺害、犯行を認めて刑務所で服役します。

 亨はこれを待とうとするのでした。

登場人物

  • 岡田亨:語り手である「僕」。行方不明になった妻・クミコを探し、綿谷と対峙する。
  • クミコ:亨の妻。行方不明になる。
  • 綿谷昇:クミコの兄。東大出身。『ノルウェイの森』の永沢を思わせる。悪の象徴であり、『羊をめぐる冒険』の羊のような存在。

関連作品、関連おすすめ作品

・大江健三郎『懐かしい年への手紙』、荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 第七部』:シリーズのセルフリメイク。

・『ペルソナ5 ザ=ロイヤル』『ペルソナ4』:普遍的無意識の世界で、悪と戦う主人公の物語

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