始めに
シャミッソー『影をなくした男』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義と自己実現
シャミッソーはロマン主義の作家で、本作も自己実現をめぐるロマン派的テーマです。
物語の最も中心的なテーマは、「人間が社会の一員として認められるために必要なもの」です。
作中での「影」は、肉体的な付随物以上に、社会的な地位やアイデンティティを象徴しています。影がないことで、主人公シュレミールは人々から気味悪がられ、愛する人との結婚も阻まれます。
お金(幸運の金袋)があれば幸せになれると信じたシュレミールですが、結局「普通の人と同じ影」を持っていないだけで、どれほどの富があっても社会から疎外されてしまいます。
悪魔(灰色の男)との取引は、典型的な「ファウスト的契約」ものなのですが、無限に金貨が出る袋は一見素晴らしいものですが、引き換えに失ったものの代償はあまりに大きいものでした。悪魔はさらに影を返す代わりに、死後の魂をよこせと迫ります。ここでシュレミールが富(金袋)を投げ捨て、魂を守る選択をする場面が、転換点となります。
物語の後半、影を失ったまま社会を捨てたシュレミールは、「七里靴(一歩で七里歩ける魔法の靴)」を手に入れ、社会的な人間としての幸福を諦め、世界中を旅して自然科学の研究に没頭する道を選びます。
このように、影という自分のアイデンティティを物質的充足のために損なってかけがえのない自己同一性を失ってしまい、けれどもそのためにもう一度自分のアイデンティティを見つめ直す事ができて自分らしい生き方、自分の望む生き方にコミットできるようになった主人公を描きます。
自伝的側面
シャミッソーはフランスの貴族の家に生まれましたが、フランス革命によって国を追われ、ドイツ(プロイセン)へ亡命しました。ドイツ語で詩を書き、プロイセン軍人として働きましたが、周囲からは常に「よそ者」と見なされました。
逆に、ナポレオン戦争が始まると、母国フランスからも裏切り者のように見られることになります。どこに行っても自分の居場所がないという感覚が、社会から拒絶される「影のない男」の背景です。
物語の結末で、シュレミールは七里靴を履いて世界中を飛び回り、植物や岩石の調査に没頭します。
これは作者シャミッソーの人生そのものです。彼は実際にロシアの探検船に博物学者として乗り込み、世界一周の旅に出ています。
物語世界
あらすじ
物語は主人公ペーター=シュレミールが友人シャミッソーに当てて自分の半生を記すという形をとっており、作品の合間にときおりシャミッソーへの呼びかけが差し挟まれています。
ペーター=シュレミールは金策のためにとある富豪の屋敷を訪れ、そこで灰色の服を着た奇妙な男を目にします。彼は上着のポケットから望遠鏡や絨毯、果ては馬を三頭も取り出して見せ、シュレミールは驚くものの、回りの人間はなぜか気にも留めません。
そのうち男がシュレミールのもとにやってきて、あなたの影が気に入ったので是非いただきたいと言います。シュレミールは躊躇するものの、望みのままに金貨を引き出せる幸運の金袋を引き換えに提示され、取引を承知します。
金には困らなくなったシュレミールですが、しかし影がないために道行に出会った人たちから非難を受け、その日のうちからもう取引を後悔します。シュレミールは召使を雇って灰色の男を何とか探そうとするもののうまくいかず、1年後の再会の約束を信じて温泉街に引きこもります。
そこで町娘のミーナに一目惚れし、影がないことを隠し通し逢瀬を続けるものの、結婚の申し込みをしようというしたとき自分に影がないことがばれます。ちょうどその時に約束の1年が過ぎて灰色の男が現れるものの、彼はシュレミールに影を返す代わりに、シュレミールの死後に魂を引き渡すことを要求します。シュレミールは逡巡したのちに拒み、ミーナはシュレミールを裏切った召使の1人と結婚します。
悪魔だったことがわかった灰色の男を振り切り、シュレミールは幸運の金袋も財産も捨てて放浪します。ちょうど靴を履きつぶしてしまったことから、なけなしの金で古靴を買うと、偶然にもこれは一歩で七里を歩ける魔法の靴でした。シュレミールはこの靴を利用して世界中を飛び回り、自然研究家として新たな人生を歩むことを決意します。
最後は自然研究家として充実した人生を送っていることをシャミッソーに伝える言葉で結ばれています。




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