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三島由紀夫『美しい星』解説あらすじ

三島由紀夫
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始めに

三島由紀夫『美しい星』解説あらすじを書いていきます。

 

背景知識、語りの構造

古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム

 三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。ラディゲは、モダニズムの作家と関わりつつも、自分はミュッセなどのクラシックなスタイルのメロドラマにこだわりましたが、三島もそうした古典主義を継承します。

 私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いですが、純文学作品には駄作も多いです。また純文学でいいのは『金閣寺』など初期の作品に多いです。

 そして得意だったエンタメも60年代からは壊れだし、本作も滅茶苦茶な内容です。

『カラマーゾフの兄弟』の大審問官の影響

 本作は『カラマーゾフの兄弟』の作中作、「大審問官」の影響があるとされます。

 大審問官では、カトリック教会による異端審問の真っ最中にセビリアの地上に復活したイエスに、カトリック教会の大審問官は次のように言い、教会はもはやキリストを必要としていないと告げます。サタンの提示した奇跡と神秘と権威の誘惑があったところ、イエスは自由を優先してこの 3 つの誘惑を退けた。人間はこれに従属して生きるのが幸せなのに、イエスは人間の本質を誤解している。イエスが人間に与えた自由を大多数の人間は許容できない。したがって、異端審問官は、イエスが人間に選択の自由を与えることで、大多数の人間を救済から排除し、苦しむ運命にした。イエスは人間の本質を見誤っており、本当は悪魔の原理だけが人類の統一に導くことができ、世界を支配できる。イエスは選ばれた少数のグループにのみ活動範囲を限定したものの、カトリック教会はイエスの働きを改良し、すべての人々に呼びかけている。教会は神の名の下に世界を支配しているが、悪魔の原理に基づいている。悪魔の教会にとって、キリストは要らないのだ、と言うのでした。

 「大審問官」の挿話では、人間の善性を信じるイエスと、人間の悪徳を前提とした悪魔による統治を唱える大審問官が対比的に描かれています。

 本作における終盤の大杉重一郎と羽黒助教授らの論戦は、この大審問官の挿話と重なり、ポジション的には大杉がイエスで、羽黒たちが大審問官側です

クラーク『幼年期の終わり』と進化論

 クラーク『幼年期の終わり』から三島由紀夫は大きな影響を受けました。本作は人類の進化や、それに対する宇宙人の介入を描きました。また、宇宙人を天使や神のような人間を導く存在として設定しました。

 クラーク『幼年期の終わり』における進化論はラマルクなどのダーウィン以前の進化論に近いです。ダーヴィンの自然選択による非目的論的な進化と異なり、ラマルクなどは目的論的な、つまり特定の目的のために特性を自然は変化させるという見通しを考え、これが古くから支配的で、三島由紀夫に影響したヘーゲルも進化論には否定的で、人間の精神や社会の目的論的な発展を提唱したのでした。

 クラーク『幼年期の終わり』は、宇宙人(=神)の意図という目的に従って人類が目的論的な進化をしていくさまを描いたと言えます。

 本作『美しい星』も、人類の進化に対して、預言者やアンチメシアたる大杉一家と羽黒助教授らの介入と闘争を描くものと解釈できます。

メシアとアンチメシア

 全体的に本作は、クラーク『幼年期の終わり』の影響を受けつつ、宇宙人の意志を代表するメシアたる大杉家と、偽メシアである羽黒らの闘争を描きます。

 双方の陣営は、神である宇宙人の預言者として自分を認識し、人類を特定の方向へ導こうとします。人類の進歩と人類への信頼を抱く大杉家と、人類の滅亡を要請する羽黒らが対照的に描かれます。

物語世界

あらすじ

 夜半過ぎ、旧家・大杉家の家族4人は羅漢山に出かけます。彼らはいずれも地球の人間ではなく、父・重一郎は火星、母・伊余子は木星、息子・一雄は水星、娘・暁子は金星から飛来した宇宙人だと信じています。

 各人とも円盤を見て素性に目覚めていました。一家は自らが宇宙人であることを自負しつつも素性を世隠し、水爆や核兵器の恐怖から人類を救おうとします。

 重一郎は、破滅しゆく世界の責任を自分1人が負うべきとして、「宇宙友朋(UFO)会」を作り、各地で「世界平和達成講演会」を開催します。娘の暁子もソ連のフルシチョフ共産党第一書記に核実験を止めるよう手紙を出します。

 ある日、暁子は石川県金沢に住む、自分と同じ金星人の青年・竹宮に会います。その時内灘の海岸で一緒に空飛ぶ円盤を見た神秘体験により妊娠します。暁子は竹宮を地上の人間と認めず、自分は処女懐胎したと言い、生もうとします。

 他方で羽黒真澄助教授をはじめ、羽黒の元教え子で銀行員の栗田、大学近くの床屋の曽根の3人の、はくちょう座61番星あたりの未知の惑星からやって来た者たちがいました。彼らは人類滅亡を願い、「宇宙友朋(UFO)会」の重一郎を敵視します。彼らも自分たちを宇宙人と自覚し、水爆戦争による人類全体の安楽死を目指します。

 羽黒助教授ら仙台の3人が大杉家を訪問。彼らと重一郎は、人間の宿命的な欠陥である3つの関心、「事物への関心」「人間に対する関心」「神への関心」などについて論戦。羽黒は、人間は不完全だから滅ぼすべきだと主張するのに対し、重一郎は、人間は不完全であり、「気まぐれ」があるから希望を捨てないと主張します。人間が救われるためには、人間それぞれが抱いている絶望が生きていること自体の絶望を内に包み、人間が内部の空虚の連帯により充足するとき、反政治的な統一が可能になり、破滅を免れると重一郎は主張します。その空虚の連帯は、母なる虚無の宇宙の雛型であるからといいます。

 論争のすえ重一郎は倒れ入院し、手遅れの胃がんでした。重一郎は宇宙からの声を聞き、それに従い、重一郎は家族に出発の準備を指示し、病院を抜け出ます。

 一家は東生田の裏手の丘へ向かい、銀灰色の円盤がやって来ているのを見ます。

参考文献

安藤武『三島由紀夫の生涯』

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