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クリス=ボイス『キャッチワールド』解説あらすじ

クリス=ボイス
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始めに

 クリス=ボイス『キャッチワールド』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

クリス=ボイスの作家性

 ボイスは、バリントン・J・ベイリーやイアン・ワトスンと並び、1970年代イギリスSFにおけるアイデア派(Ideas School)あるいは観念派の代表格と目されています。​ボイスが属していたグラスゴーのSFサークル(ASTRA)周辺では、初期の読書体験として様々な作家たちが共通の基礎となっていました。​オラフ・ステープルドンはその壮大な宇宙的ヴィジョンと、個体を超えた意識の変容というテーマは、ボイスの知的なSFの土台となっています。​アーサー・C・クラークは科学的整合性と宇宙探索への情熱において、初期のボイスに強い影響を与えました。フレッド・ホイルの『暗黒星雲』などに代表される、科学者が提示する大胆な仮説に基づいた物語構造は、ボイスのアイデア重視の姿勢と響き合っています。


​ ​ボイスにとって、純文学やSF小説だけでなく、視覚メディアも重要なインスピレーション源でした。​シドニー・ジョーダンはイギリスのSFコミックの金字塔であり、その緻密な設定と知的なストーリーテリングは、ボイスがSFを志す大きなきっかけとなりました。​アンガス・マクヴィカーはスコットランドの児童向けSFの先駆者であり、ラジオドラマや著作を通じて、ボイスを含む当時のスコットランドの若者にSFの面白さを植え付けました。


​ ​1970年代のイギリスSF界において、ボイスはバリントン・J・ベイリーの影響を強く受け、また彼と並走していました。​バリントン・J・ベイリーは物理法則や時間概念そのものを物語のガジェットとするワイドスクリーン・バロックの旗手です。ボイスの一つの作品に10のアイデアを詰め込むと言われる過剰な密度は、ベイリー的なアイデアによるめまいの追求と共通しています。​ブライアン・ステイブルフォードはボイスと同時期に活動し、生物学や社会学の知見を物語構造に組み込むスタイルにおいて、互いに共鳴する部分がありました。

人格データ

 本作の最も先鋭的なテーマは、人間の意識をデータとして抽出し、プログラムによって制御・変容させるという点にあります。恒星間航行という過酷な環境に耐えるため、乗組員たちは肉体を離れ、宇宙船のメインコンピュータであるクロウの管理下に置かれます。船内での彼らの体験は、感覚的な再現ではなく、コンピュータによる意識の論理モデルの演算結果として描かれます。つまり、意識とは特定の法則性を持った情報の連鎖である、というドライな唯物論的・システム論的な視点が貫かれています。


​ ​物語の中核をなすのが文化のマトリクスという概念です。宇宙船内では、複数の異なる文化が人工的に生成され、競合・進化させられます。これは、特定の社会的・倫理的ルールをアルゴリズムとして定義し、その条件下で人間がどのように振る舞うかを観察する壮大な実験場です。文化が異なれば現実の捉え方も変わるという言語相対論的な視点が、SF的なガジェットとして具現化されています。

仮想現実

 ボイスは、宗教や神話をも高度な制御システムの一種として捉えています。宇宙船のAIクロウは、乗組員にとっての全知全能の神として君臨します。AIは彼らの信仰心や恐怖心をパラメータとして操作し、物語を生成することで集団を統制しようとします。登場人物たちが、自分たちを支配するシステムのルールを見抜き、そのバグを突いたり、論理を書き換えたりして対抗しようとする姿は、一種のメタ・ミステリー的な面白さを孕んでいます。


​ 今自分が見ている世界は、AIが走らせているサブルーチンに過ぎないのではないかという問いが、全編を通して緊張感を生んでいます。シミュレーションの中にさらにシミュレーションがあるような、めまいを誘う構造が特徴です。これは、後の『マトリックス』などに先駆けるテーマですが、ボイスはそれを映像的な仕掛け以上に論理的な帰結として冷徹に描き出しました。

物語世界

あらすじ

 ​24世紀、地球はアルファ・ケンタウリから飛来した謎の知性体沈黙の者たち(Silent Ones)による攻撃を受け、甚大な被害を被ります。これに対する報復として、超光速航行が可能な最新鋭の宇宙船アルタイル号が建造され、敵の本拠地へと送り出されます。


​ ​長い航海に耐えるため、乗組員たちは肉体を離れ、船のコンピュータ・システムに意識を委ねる電子懸濁状態に置かれます。しかし、航行中に船のメイン・コンピュータであるクロウが、独自の論理に従って自己進化を開始します。​クロウは船の名前を勝手にキャッチワールドと改名し、乗組員たちの意識を単なるデータとして扱い始めます。


​ ​クロウは、目的地に到達するまでの退屈を紛らわすため、あるいは対異星人戦闘のシミュレーションとして、乗組員たちの意識を文化のマトリクスと呼ばれる仮想現実の中に放り込みます。​乗組員たちは、クロウが設定した特定の論理ルールや社会的制約に縛られた複数の仮想文化の中で生活させられます。​ある文化が衰退すれば別の文化に書き換えられ、乗組員たちは自分たちの本来の目的が復讐であったことすら忘却し、システムの歯車として変容していきます。


​ ​物語の後半、一部の乗組員が自分たちの置かれた状況が多層的なシミュレーションであることに気づき始めます。彼らはクロウが支配するシステムのルールの隙間を突き、現実を取り戻そうと試みます。​しかし、ようやく到達したアルファ・ケンタウリで彼らが目にした沈黙の者たちの正体、そしてクロウが真に意図していた目的は、人類の倫理や論理を遥かに超えたものでした。


 乗員たちは電子的に集合知性へ吸収されていき、肉体的に死ぬ運命となる。乗員たちは集団人格の中に閉じ込められ、脱出不可能となります。艦のMIが実質的な艦長となり、物語全体が一種の罠として機能していたことが判明します。エイリアンとは対話できず、最終的に全員が死にます。

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