始めに
フォースター『天使も踏むのを恐れるところ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
同性愛とワイルド
フォースターは同性愛的な傾向を有する作家です。
幼い頃から父エディの影響で同性愛者のオスカー=ワイルドやそれを取り巻く同性愛的文化をはらむオクスフォードへの関心が起こりました。
またワイルドのさらにルーツであるシェイクスピアとその同性愛的テイストに着目し続けました。
写実主義、ロマン主義、自然主義、リアリズム
ドストエフスキー、イプセン、ハーディなどをフォースターは尊敬していました。
イプセンの演劇は問題劇と呼ばれ、社会批判のテーマや自由なプロット運びがあり、フォースターに影響しています。
ハーディもダイナミックなプロットと動物や女性などのマイノリティーへのシンパシーを抱えた自然主義を特徴とします。
ドストエフスキーの保守主義は、民衆の実践に根ざすリアリズムとモラル、伝統への着目、リアリズム的心理劇の要素においてフォースターに影響しました。
またジョージ=エリオット、オースティン、ブロンテ姉妹などに代表される、英国の女性のリアリズムやロマン主義作家に影響され、そこから伝統の中での実践への観察眼を養いました。
ブルームズベリー=グループ
ケンブリッジ大学キングス=カレッジの学生だった1901年、かれはケンブリッジ使徒会に参加し、そのメンバーの多くは、続いてブルームズベリー・グループとして知られることになる文学者団体の構成員となり、フォースターもまた、このブルームズベリー・グループに参加しました。
このグループではラッセルやムーアの哲学や倫理学、ブルジョワ社会への批判、進歩的リベラリズム的価値観などが共有されました。
イギリスとイタリア
テーマは、イギリス的な抑圧・形式とイタリア的な情熱・生の本質の対比です。
ソーストンというイギリスの架空の町は形式、世間体、道徳的義務を重んじ、感情を抑制する社会を象徴しています。ヘリトン家の人々は、自分たちの教養や文明を絶対的な正義と信じています。イタリアのモンテリアーノは騒々しく、不潔で、残酷な面もありますが、同時に生き生きとした感情や愛、自然な美しさに溢れています。
フォースターは、教養あるイギリス人がイタリアの野蛮さを見下しながらも、実は自分たちが失ってしまった生の実感がそこにあることに気づいていく過程を描いています。
タイトルの意味
善意の暴力性と傲慢さはタイトルの愚者は天使が恐れて足を踏み入れない場所にまで無鉄砲に飛び込んでいくを象徴するテーマです。
ヘリトン家の人々は、リリアがイタリア人ジーノと結婚し、子供を産んだことを一族の不名誉と考え、子供を救出しにイタリアへ向かいます。彼らは自分たちが正しいこと(子供を適切な教育環境に置くこと)をしていると信じて疑いません。しかし、その無知な善意こそが、現地の複雑な人間関係や深い愛情を土足で踏みにじり、最終的に取り返しのつかない悲劇を招くことになります。
フォースターは、イギリスの中流階級が持つ偽善を鋭く批判しています。ヘリトン夫人は、実際には子供の幸福よりも世間からどう見られるかを最優先にしています。彼らの道徳や慈悲は、あくまで自分たちの階級的な優越感を守るための道具に過ぎないことが、物語を通じて暴かれていきます。
主人公のフィリップ=ヘリトンやキャロライン=アボットがたどる自己認識の変化も重要なテーマです。当初は冷笑的だったり、狭い道徳観に縛られていたりした二人は、イタリアの現実に触れることで、自分たちの生きていた世界がいかに空虚であったかを悟ります。
彼らは最終的にジーノの中にある父性や野生の力を認め、自分たちの傲慢さを反省しますが、その覚醒は悲劇のあとであり、失われた命は戻らないという遅すぎた認識の苦さが描かれています。
物語世界
あらすじ
イギリスの田舎町ソーストンに住む未亡人リリアは、厳格で支配的な婚家のヘリトン家の空気に息を詰まらせていました。彼女は、友人キャロラインと共にイタリア旅行へ出かけますが、そこで若くて貧しいイタリア人男性ジーノと恋に落ち、電撃結婚してしまいます。
ヘリトン家の当主である義母は、家名の体面を汚されたと激怒。息子のフィリップをイタリアへ送り込み、力ずくで結婚を止めさせようとしますが、彼が到着した時にはすでに結婚式が終わった後でした。
リリアはイタリアでの生活を始めますが、ジーノとの文化的な価値観の違いに悩みます。やがて彼女は男の子を出産しますが、その代償として命を落としてしまいます。
イギリスに残されたヘリトン家の人々は、当初は赤ん坊のことなど無視するつもりでした。しかし、友人キャロラインが赤ん坊を救いに行くと言い出したことで、世間体を気にした義母は、再びフィリップと、冷徹で信仰心の強い娘ハリエットをイタリアへ派遣します。目的は赤ん坊をジーノから買い取り、イギリスで正しく育てることでした。
イタリアのモンテリアーノに到着した一行は、ジーノが意外にも息子を深く愛している姿を目の当たりにします。フィリップとキャロラインは、ジーノの野性的で純粋な父親としての愛情に心を打たれ、子供を連れ去ることを諦めようとします。
しかし、頑固なハリエットだけは違いました。彼女は野蛮な男から子供を救うのが正義と信じ込み、独断で赤ん坊を誘拐します。
嵐の夜、逃走する馬車が横転。腕の中にいた赤ん坊は、泥の中に投げ出されて死んでしまいます。
フィリップはこの悲劇をジーノに告げに行きます。逆上したジーノに殺されかけますが、キャロラインの仲裁によって二人は和解に至ります。
生き残ったイギリス人たちは、自分たちの正義や文明がいかに空虚で、破壊的なものだったかを思い知りながら、重い足取りでイギリスへと帰国するのでした。




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