始めに
ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ランペドゥーザの作家性
ランペドゥーザが最も愛し、手本としたのがスタンダールです。過度な感傷を排したドライな文体、皮肉の効いた心理描写、そして歴史のうねりの中で生きる個人の描き方に強い影響を受けました。
スタンダール以外にも、フランスの巨匠たちを深く研究していました。フロベールの完璧な文章構成と、細部への病的なまでのこだわりに刺激されました。失われた時への追憶、貴族社会の没落というテーマは、プルーストの『失われた時を求めて』の影響を感じさせます。
私塾で友人に文学を教えていたほど、英文学とロシア文学に精通していました。ランペドゥーザはシェイクスピアを人類の頂点と考えていました。登場人物の多面的な造形にその影が見えます。ディケンズのユーモアと哀愁が入り混じるキャラクター描写を高く評価していました。歴史という巨大なうねりと、個人の日常を融合させる手法において、トルストイのスケール感を意識していました。
『いいなづけ』の著者マンゾーニを尊敬しつつも、その道徳観や宗教観に対しては、自分なりのシチリア的ニヒリズムをもって対抗しました。
イタリアの伝統と進歩
イタリア統一運動(リソルジメント)という激動期に、貴族階級がその特権を維持するためには、あえて新しいブルジョワジーや新政府に歩み寄り、自らを変革の中に投じなければならないという皮肉な真理を描いています。
物語全体に、抗いようのない滅びの予感が漂っています。主人公サリーナ公爵(山猫)が、自身の老いと死を見つめる内省的なプロセスがあります。 高貴な山猫(貴族)が、卑俗だが活力のあるジャッカルやハイエナ(新興階級)に取って代わられるプロセスの記録が展開されます。 公爵が天体観測に没頭するのは、地上の汚らわしい変化とは無縁な、永遠に不変な星の世界に救いを求めているからです。
ランペドゥーザは、シチリアの過酷な太陽と、それによって形作られた島民の気質を重要なテーマとしています。シチリアの人々は、歴史の中で多くの征服者に支配されてきた結果、何が変わっても結局は同じだという深い虚無感と、変化を拒む傲慢さを抱えています。この眠りたがっている島という描写は、近代化に背を向けるシチリアの宿命を浮き彫りにしています。
公爵は、新しい時代に適応しようとする甥を支援しながらも、自分自身はその新しい世界には馴染めないことを自覚しています。過去の栄光と未来の虚無の間に立ち尽くす、気高い孤立を選んだ男として描かれています。
物語世界
あらすじ
物語は1860年、イタリア統一運動(リソルジメント)の嵐がシチリアに吹き荒れるところから始まります。
1860年5月、シチリアの老貴族サリーナ公爵(山猫)は、ガリバルディ率いる義勇軍が上陸したという知らせを受けます。代々続く名門貴族として、公爵はこの事態を王国の終焉だと察知します。しかし、彼の愛する甥タンクレディは、したたかに新しい時代へ飛び込みます。
「すべてが今のままにとどまるためには、すべてが変わらなければならない」。この言葉を公爵に残し、タンクレディは革命軍に参加。公爵は、自分たちの特権を守るためには、古い王朝に固執せず、新興勢力と手を結ぶしかないという残酷な現実を受け入れます。
一家は夏の別荘があるドナフガータへ向かいます。そこで出会ったのが、成り上がりの市長セダーラの娘、絶世の美女アンジェリカでした。 誇りはあるが資金が尽きかけているサリーナ家と、教養はないが、金とバイタリティに溢れるセダーラ家。公爵の娘コンチェッタはタンクレディを愛していましたが、タンクレディは野心のためにアンジェリカを選びます。公爵は、自分たちの階級が生き残るための輸血として、この不釣り合いな縁談を後押しし、自らの時代の終焉を確信します。
物語のクライマックスは、パレルモで開催された盛大な舞踏会です。きらびやかな会場で、公爵は自分が過去の遺物であることを痛感します。彼は死の影を感じ、若く美しいタンクレディとアンジェリカの姿を眺めながら、自分たちの世代が舞台から去るべき時が来たことを悟ります。
数年後、公爵は孤独な旅先で息を引き取ります。公爵の死から数十年後、1910年。老いた娘コンチェッタたちが守っていた屋敷の描写で終わります。かつての栄華は見る影もなく、公爵が愛した愛犬の剥製が窓から投げ捨てられ、ただのゴミとして処理される場面で、一つの時代の完全な消滅が象徴的に描かれます。




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