始めに
ジャン=ジャック・ルソー『告白』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ルソーの作家性
ルソーは幼少期から父とともに古本を読み耽り、特に古代ギリシャ、ローマの精神を内面化しました。プルタルコス『対比列伝』はルソーの愛読書でした。そこに描かれるスパルタやローマの英雄たちの自己犠牲や市民としての美徳は、彼の道徳観や国家観の基礎となりました。プラトンは特に『国家』の影響が絶大です。教育と政治を切り離せないものと考えるルソーの姿勢は、プラトンの思想を近代的に焼き直したものとも言えます。
ルソーは当時の政治哲学の主要な議論を学びましたが、それらに同意するだけでなく、鋭く反論することで独自の理論を築きました。ルソーはロックの『統治二論』から市民の自由という概念を学びましたが、ロックの私有財産肯定論については批判的でした。また、教育論『教育に関する若干の思考』は、ルソーの『エミール』の出発点となりました。
マキャヴェッリを自由を愛する共和主義者として高く評価していました。グロティウス、プーフェンドルフは当時の自然法学派の巨頭たちで、ルソーは彼らの理論を強者の権利を正当化しているとして激しく批判しましたが、議論の枠組みとしては大きな影響を受けています。
ルソーは思想家であると同時に、近代自叙伝の先駆者でもありました。モンテーニュ『エセー』における自己観察の手法は、ルソーの『告白』や『孤独な散歩者の夢想』に繋がっています。『テレマコス』という物語を通じて道徳を説いたフェヌロンの手法は、物語形式の教育書である『エミール』のヒントになったと言われています。
ルソーは自身の出身地であるジュネーヴのカルヴァン主義的な厳格な道徳観や、民主的な共同体意識を生涯、理想の中に持ち続けていました。
告白の意図
ルソーは冒頭でこれまでに類を見ない、そして今後も誰も真似できない企てをすると宣言しています。自分の功績だけでなく、恥ずべき性癖、盗み、嘘、友人への裏切り(リボン事件など)を赤裸々に告白しました。単なる事実の羅列ではなく、その時どう感じたかという感情の歴史を記録することに重きを置いています。
この著作は、彼が社会から孤立し、迫害を受けていると感じていた時期に執筆されました。世間からの批判(特に5人の子供を養育院に送ったことなど)に対し、なぜそうせざるを得なかったのかという自分なりの理由を説明しようとしました。自分は過ちを犯したが、本性は善であるということを読者や神に訴えかける意図がありました。
ルソーの思想の根底にある人間は本来善だが、社会によって堕落させられるという哲学が投影されています。幸福だった幼少期を回想し、社会の複雑な人間関係に巻き込まれる前の自然な状態を理想化しています。華やかなサロン文化や知識人たちとの交流の中で、いかに自分が疎外感を感じ、自分を見失っていったかが描かれています。
今の自分はいかにして形成されたのかを探る、自己分析の試みでもあります。些細な出来事がその後の人生の性格形成にいかに影響を与えたかを詳細に記述しており、これは後の精神分析的な視点にも通じます。
物語世界
あらすじ
1712年、ジュネーヴの時計職人の息子として誕生。母は出産時に亡くなり、ルソーは自分の誕生が最初の不幸だったと振り返ります。
16歳の時、門限に遅れてジュネーヴの街に入れなくなったことをきっかけに、そのまま放浪の旅へ。そこで運命の女性、ヴァランス夫人(「ママ」)と出会い、カトリックへの改宗や教育を受けることになります。ヴァランス夫人の愛人兼、息子のような存在として過ごしたレ・シャルメットでの生活は、彼の人生で最も幸福な時期として描かれます。奉公先でリボンを盗んだ際、無実の女中に罪をなすりつけるという一生のトラウマとなる事件もここで告白されます。
独学で音楽や哲学に没頭し、後の思想家としての土台を築きます。30代でパリへ進出。ディドロら百科全書派と交流し、一躍時代の寵児となります。
生涯の伴侶となるテレーズ=ル=ヴァスールと出会います。彼女との間に生まれた5人の子供をすべて養育院に送ったという、現代でも物議を醸す事実を弁明とともに明かします。文壇での名声が高まる一方で、周囲との軋轢も生じ始めます。
『エミール』や『社会契約論』を出版しますが、その内容が反体制的・反宗教的とみなされ、当局から出版禁止や逮捕状が出されます。フランスやスイスを転々とし、どこへ行っても石を投げられるような被害妄想に陥ります。
最終的にイギリスへ渡る直前、サン=ピエール島での短い安らぎを経て、物語は終わります。
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