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コーマック・マッカーシー『すべての美しい馬』解説あらすじ

コーマック・マッカーシー
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始めに

 コーマック・マッカーシー『すべての美しい馬』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

マッカーシーの作家性

​  初期作品の『果樹園の守り手』などに見られる、長く重厚な一文や、南部ゴシック的なドロドロとした人間模様は明らかにフォークナーの影響を受けています。


​ 『ブラッド・メリディアン』はメルヴィルの影響が見えます。同作に登場する判事という怪物的なキャラクターは、『白鯨』のエイハブ船長や白鯨そのものの不気味な神性を彷彿とさせます。人間を寄せ付けない圧倒的な自然の描写や、絶対的な悪というテーマにおいて、メルヴィルの視点を引き継いでいます。


​ またマッカーシーはインタビューで、ドストエフスキーを高く評価しています。マッカーシーの特徴である句読点の省略や、独自のタイポグラフィは、ジョイスの実験的文体からの影響が指摘されています。


​ ジェームズ王訳聖書は彼の文体を形作る最大の源泉です。接続詞のandを多用する文体や、預言者のような威厳に満ちたトーンは、聖書的なリズムに基づいています。他にもヘミングウェイ、オコナーに刺激されました。

タイトルの意味

 物語の舞台は1949年。テキサスでは牧場が売却され、馬の代わりに自動車が走り、伝統的なカウボーイの生き方が消えようとしています。主人公ジョン=グレイディ=コールがメキシコへ向かうのは、単なる冒険ではなく、アメリカで失われた馬と共に生きる高潔な世界を求めた聖戦でもあります。彼がメキシコに見出したのは、夢見たような楽園ではなく、より古く、より残酷な血の論理が支配する世界でした。


​ ​16歳の少年ジョン=グレイディが、過酷な経験を経て大人へと変貌する物語です。恋、投獄、そして殺人を経験することで、彼の純粋な正義感はズタズタに引き裂かれます。彼は生き残りますが、その魂は二度と元には戻りません。マッカーシーは知恵を得るには、等価の痛みを支払わなければならないという厳しい現実を突きつけます。

 ​タイトルの通り、「馬」はこの作品の魂そのものです。ジョン=グレイディにとって、馬は人間よりも純粋で、神聖な存在として描かれます。彼は馬の言葉を理解し、馬と魂を通わせます。馬は文明に汚される前の美しさの象徴であり、彼が追い求める理想そのものです。

 ​『ノーカントリー』にも通じるテーマですが、より個人の誇りに焦点が当てられています。ジョン=グレイディは、時代遅れなほどの名誉や誠実さを重んじます。しかし、彼がどれほど正しくあろうとしても、社会の腐敗や偶然の暴力によって、運命は容赦なく彼を叩きのめします。

物語世界

あらすじ

 ​1949年のテキサス。16歳のジョン=グレイディ=コールは、祖父の死によって家業の牧場が売りに出されることを知ります。カウボーイとしての生き方を捨てられない彼は、親友のローリンズと共に、まだ馬と男の真実が残っていると信じるメキシコへと馬で国境を越えます。


​ ​旅の途中、二人はジミー=ブレヴィンスという、自分の名前すら偽名のような奇妙な少年に出会います。彼は立派な馬に乗っていますが、あまりに若く、トラブルの匂いがします。


 ある嵐の夜、ブレヴィンスは雷を恐れて馬も服も失い、それを奪還しようとして町で騒ぎを起こします。ジョン=グレイディたちは彼と別れ、さらに南へと進みます。


​ ​二人は広大な牧場ハシエンダに辿り着き、そこで働くことになります。ジョン=グレイディの類まれな馬を操る才能は牧場主ドン=エクトルの目に留まり、彼は若くして重要な仕事を任されます。しかし、彼は牧場主の娘アレハンドラと禁じられた恋に落ちてしまいます。この情熱が、彼の運命を暗転させます。


​ ​ドン=エクトルは二人の仲を知り、さらに過去にブレヴィンスと関わったことを犯罪への加担とみなして、ジョン=グレイディとローリンズを警察に売り渡します。二人はメキシコの凄惨な監獄に送られ、そこでブレヴィンスの処刑を目の当たりにします。ジョン=グレイディ自身も、監獄内の刺客をナイフで殺害し、かろうじて生き延びます。


​ ​アレハンドラの伯母の尽力により「二度と娘に会わない」という条件で釈放されたジョン=グレイディは、最後にもう一度アレハンドラに会いに行きますが、彼女は家族を選び、別れを告げます。彼は奪われた馬を取り戻し、一人テキサスへ帰還します。しかし、故郷にもはや彼の居場所はなく、彼はどこでもない場所へと再び馬を走らせていくのでした。

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