始めに
グリンメルスハウゼン『放浪の女ぺてん師クラーシュ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
グリンメルスハウゼンの作家性
グリンメルスハウゼンが最も強い影響を受けたのは、スペインで誕生したピカレスク小説というジャンルです。社会の底辺で生きる主人公が、放浪しながら世間の荒波を渡っていくスタイルは、彼の創作の核となりました。マテオ=アレマンの代表作『グスマン=デ=アルファラーチェ』は、ドイツ語にも翻訳され、グリンメルスハウゼンに直接的なインスピレーションを与えました。『ラサリーリョ=デ=トルメスの伝記』は作者不詳ですが、ピカレスク小説の原点とされるこの作品の構成である一人称での回想形式は、シンプリチシムスの語り口に反映されています。
スペインの文学をドイツ風に味付けし、グリンメルスハウゼンに橋渡しをした作家たちも重要です。エギディウス=アルベルティヌスはマテオ=アレマンの作品をドイツ語に翻訳、改作した人物です。彼は単なる翻訳にとどまらず、道徳的な教訓やドイツ独自の視点を加えたため、グリンメルスハウゼンにとっては直接的なモデルとなりました。ヨハン=ミヒャエル=モシェーロシュは風刺文学『フィランダー=フォン=シッテヴァルトの不思議で真実な幻視』の著者です。社会の腐敗や偽善を鋭く批判する彼の姿勢は、グリンメルスハウゼンの風刺精神に大きな影響を与えました。フリードリヒ=フォン=ロガウは当時のエピグラム作家です。グリンメルスハウゼンの文章に見られる、皮肉の効いた機知や簡潔な表現には、彼の影が見て取れます。
またグリンメルスハウゼンは聖書の物語や、当時広く読まれていた民衆本の伝統も深く吸収していました。
三十年戦争の中で
三十年戦争という極限状態において、女性がいかにして生き延びるか。これがテーマです。シンプリチウスがどこか選ばれた主人公としての運命を持つのに対し、グラーシュは自分の肉体、美貌、知恵、そして嘘だけを武器に戦います。
彼女は次々と男を乗り換えますが、それは愛のためではなく、常に自分を守ってくれる強い後ろ盾を得るための戦略です。生きるために、彼女は良心や恥を捨て去ります。これは当時の過酷な戦時下における、女性の生存戦略のリアルな描写でもあります。
『阿呆物語』との関係
この物語は、シンプリチウスが『阿呆物語』の中で彼女を汚い女のように書いたことに対する反論という形式をとっています。
男たちが勝手に作ったヒロイックな物語に対し、彼女は自分の視点から、戦争がいかに泥臭く、男たちがいかに自分勝手で愚かであるかを暴露します。彼女は軍隊の中で男装して戦う場面もありますが、これは男たちのルールの中でも自分は引けを取らないという、強烈な自負と復讐心の表れです。
『阿呆物語』との決定的な違いは、彼女が最後まで神にすがらず、悔い改めない点にあります。
彼女は悲惨な結末に向かいますが、それでもシンプリチウスのように隠者になる道を選びません。世界が自分に冷たいのなら自分も世界を呪うという、バロック文学としては異例なほどにニヒリスティックで、ある種現代的なヒロイン像が描かれています。
彼女の別名「クラーシェ(Courasche)」は、ある出来事で彼女が見せた勇気に由来しますが、同時にそれは彼女の傲慢さの象徴でもあります。シンプリチウスの人生が迷走の果ての救済なら、彼女の人生は上昇のあとの容赦ない転落です。バロック的な運命の不確かさを、より残酷な形で体現しているキャラクターと言えます。
物語世界
あらすじ
物語の始まりは、ボヘミアの貴族の娘リブシュカとしての生活です。しかし、三十年戦争の戦火が彼女の運命を狂わせます。戦乱の中、身を守るために男装して従僕になりすまします。
ある時、敵兵に襲われそうになった際、男装のまま勇敢に立ち向かったことから、士官たちに「クラーシェ(勇気がある者)」というあだ名を付けられます。これが彼女の新しい名前となりました。
女であることが露見した後は、その類まれな美貌と知略を駆使して、軍隊の中で生き抜く道を選びます。彼女は次々と将校や有力者と結婚や同棲を繰り返します。それは愛のためではなく、金、地位、保護を手に入れるためでした。
彼女自身も馬に乗り、戦場を駆け抜け、略奪品で富を築きます。この時期、彼女は軍隊の中で誰もが知る強く美しい女傑として君臨しました。
物語の中盤、彼女は『阿呆物語』の主人公シンプリチウスと出会います。二人は森の中で出会い、関係を持ちますが、シンプリチウスは彼女の奔放さに呆れ、最終的に彼女を汚らわしいと侮辱して去ります。グラーシュにとって、この時の屈辱がこの手記を書く最大の動機となります。
バロック文学の宿命として、彼女にも若さと美貌の喪失という残酷な現実が訪れます。彼女は子供を産むことができず、家系を継ぐこともできませんでした。彼女はこれを自分の生き方への罰と感じつつも、決して神に祈ることはしません。
美貌が衰えると、これまでのツケが回るように財産を失い、最後には軍隊に付き従う卑しい酒保女や、放浪の民の中に身を投じます。
物語の最後、彼女は老婆となり、かつての栄光を失ってもなお、シンプリチウスのような隠遁や救済を拒絶し、世界を呪いながら物語を閉じます。




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