始めに
ソーントン=ワイルダー『わが町』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ワイルダーの作家性
ガートルード=スタインはワイルダーにとって最大の精神的文学的支柱の一人です。1930年代に出会って以来、二人は深い親交を結びました。スタインの人間性と人間の精神を区別する哲学は、彼の代表作『わが町』の根底に流れる普遍的な時間という概念に大きな影響を与えました。
ワイルダーはジョイスの熱烈な崇拝者であり、研究者でもありました。特に『フィネガンズ・ウェイク』に心酔しており、戯曲『危機一髪』はジョイスからの影響が見えます。ほかにもプルーストのモダニズムからの刺激があります。またジッドからの影響もあります。
ロペ=デ=ベガはスペイン黄金時代の劇作家で、ワイルダーに影響しました。ほかに人間の運命や普遍的な苦悩を扱う視点は、ソポクレスなどの古典から受け継いでいます。
平凡な一瞬
ワイルダーは、朝食を食べる、庭を眺める、誰かと挨拶をするといった取るに足りない瞬間こそが、実は人生のすべてであると説いています。劇中で最も有名なメッセージは、生きている間、自分の人生の全瞬間を理解している人間なんていないという点です。
亡くなったエミリーが過去の一日に戻る場面では、生者がいかに時間を無駄にし、互いをちゃんと見つめずに過ごしているかが残酷なほど鮮明に描かれます。
この劇は、ニューハンプシャー州の小さな町を描きながら、常に宇宙の永劫な時間を意識させています。劇中に登場する手紙の宛先が「グローヴァーズ・コーナーズ、アメリカ合衆国、北アメリカ大陸、西半球、地球、太陽系、宇宙、神の心」と続くエピソードは、個人の生活が広大な宇宙の秩序の一部であることを示しています。 ナレーターの舞台監督は、歴史や考古学的な視点から町を語り、個人の生老病死を大きな生命のサイクルとして描き出します。
劇の構成そのものが、人間の普遍的なライフサイクルを象徴しています。『わが町』は、1901年から1913年までのアメリカの架空の田舎町グローヴァーズ・コーナーズを舞台に、どこにでもある平凡な日常と、そこに潜むかけがえのない輝きを描いた物語です。全3幕構成で、人生のサイクルの誕生・結婚・死が丁寧に追われていきます。
物語世界
あらすじ
・第1幕(1901年):物語は、狂言回し的な役割の舞台監督による解説から始まります。医師のギブズ家と、新聞社主のウェッブ家を中心に、町の夜明けから夜までのなんてことのない一日が描かれます。子供たちは学校へ行き、母親たちは料理をし、隣人とお喋りをする。そんなありふれた光景の中に、のちに結ばれるジョージ(ギブズ家の息子)とエミリー(ウェッブ家の娘)の幼い交流が散りばめられています。
・第2幕(1904年):第1幕から3年後。高校を卒業したジョージとエミリーが結婚する日です。舞台は二人が恋に落ちたきっかけとなった放課後のシーンへと遡り、若さゆえの不安と純粋な愛が描かれます。そして、町の人々に見守られながら結婚式が執り行われますが、ここでも舞台監督は、これが人類が何千回、何万回と繰り返してきた生命の継続の儀式であることを強調します。
・第3幕(1913年):さらに9年後。舞台は町の高台にある墓地へと移ります。若くして出産で亡くなったエミリーが、死者たちの仲間入りをします。死者たちは静かに、生の世界への未練を断ち切って永遠を待っています。しかし、エミリーはもう一度だけ生前の世界を見たいと願い、舞台監督の制止を振り切って、自分の12歳の誕生日へと戻ります。過去に戻ったエミリーは愕然とします。生きていた頃には気づかなかった一瞬一瞬の美しさを、生きている人々はあまりに無頓着に、忙しなく通り過ぎていたからです。 人間は生きている間に自分の人生を理解しているのか、と問うエミリーに、舞台監督は、聖者や詩人ならあるいは少しはと答えます。絶望と愛おしさを抱えたエミリーは、再び静かな墓地へと戻っていくのでした。




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